霜柱・frost crystals

ヒグマ春夫企画展&映像インスタレーション+コラボレーション

ヒグマ春夫の映像インスタレーション
会期・2025年11月14日〜30日<開廊・11:00-18:00>
会場・galleryコネクトプラス

ヒグマ春夫/Higuma HARUO(映像作家・美術家)

映像は時間の流れのなかで成立するメディアの一種である。しかし、その流れの「瞬間」を切り取り、プリントすることで、時間の連続性を断ち切り、時間を物質化することができる。 映像という可変的な存在を静止させ、「オブジェ」化すると、その静止した瞬間の内部には、かつての映像の記憶が内包される。見る者は、その前後に存在した時間の流れを自然と想起する。 それはまさに、「時間の痕跡としてのデジタル絵画」と呼ぶことができるだろう。 映像が本来もっているドラマ性を排除し、オブジェに時間軸を与えることで成立する映像のあり方に興味を持ち、制作を行っていた。そんなときに遭遇したのが、大量の古い農具たちだった。 農具たちは、すでに役割を終え、オブジェ化された存在として目の前にあった。私はそれらをオブジェとして捉え、インスタレーションに組み込んだ。 制作が進行していくにつれ、農具がもつフォルムの美しさや、機能性の豊かさそのものに興味を抱くようになる。そして一体一体を写真に撮り、デジタルデータとして取り込んだ。 今日のテクノロジーは、あらゆるものを加工し、制作へと変換できるツールを備えている。実際に制作を始めると、農具の実態からは大きくかけ離れ、別の存在としてオブジェ化されていくことを知った。 私はその制作過程そのものを、デジタル加工によって時間軸へと変換する試みを行った。農具が時間軸を持った瞬間である。この過程の面白さは、加工の方法次第で、農具がとてつもなく変質していく点にある。 面白い。面白いというほかない。そこにはまだ意味も思想もない、オブジェそのものがあるだけだ。 しかし人間は不思議なもので、意味や思想がなくとも、同じ行為を繰り返しているうちに、そこに意味や思想が立ち現れてくる。そう感じた。 時間という魔物が歴史を絶えず変質させてきたように、時間に寄り添っていると、その映像に魂を感じるようになる。 オブジェの魂は、農具そのものではなく、農具に携わってきた農夫たちの魂なのだろう。

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アーティストトーク/11月22(Sat)14:00〜/ヒグマ春夫×菅章(美術評論家)



夢幻的映像や空間、物質、一つの生命体のような場/菅章・展評(大分合同新聞)

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