ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.17

Visual Paradigm shif Vol.17 of Haruo Higum

吊り下げた恐竜

2009年12月22日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:彦坂ゆね 中里広太 紙田聡

映像パラダイムシフトVol.17より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

四枚の紗幕が舞台を横切る。ヒグマは中央壁面に居り、左右に一台ずつプロジェクターを向け、上段に人面魚のCG映像を泳がせる。手元にビデオカメラが置かれている。紗幕の中央に机が置かれ、ライトで手元を照らした彦坂がそこに位置し、アルミホイルで立体を創り上げる。その模様を卓上の小型カメラがとらえ、紗幕下段に投影する。中里と紙田はそれぞれ左右奥に身を置く。その音楽はアンビエントよりも新鮮な空間性を持ち、重くならず洗練されている。スポットは上から彦坂のみに当たっている。
ヒグマは上段を会場のライブに替え、下段の映像と同様にする。再び人面魚のCGに戻す。ループする音は突如、なだらかで落ち着いた旋律を奏でるが、徐々に不安定となってドラムも加わり重い変拍子のリズムが支配する。下段の映像は手元から彦坂の顔を映し、胸元へ移行する。一匹から四匹の人面魚は泳ぎ続ける。下段は墨汁が水の中に零れて行く様なCGとなり、上段はライブのままだ。
音はテンポを上げていく。恣意的ではなく、全体が一曲として成立している。ライブ映像は複雑に紗幕に紗幕を投影する。上段は白、紫、茶、赤と色付の墨汁のようなCGとなり、色彩が交じり合っていく。その中を人面魚が泳ぐ。音はオーケストラとグロッケンシュピールだけではなく、楽音に使われない素材も取り入れている。彦坂は幅50、高さ30cm程のティラノザウルスを完成させていく。
プロジェクターには角度が付けられているため、四枚の紗幕には映る映像の大きさが異なる。つまり、四枚とも別の映像に見えるのだ。紗幕は透過性があるため、複数に観察することも可能だ。すると、莫大な数の映像を眼にしていることになる。
ヒグマは上段を、歯車を描いたペン画のCGにする。歯車は間隔を空けて点在している。音のリズムが安定し、分かり易い曲になっている。彦坂は完成したティラノザウルスを下に置き、次に取り掛かる。下段の映像を彦坂の手元に切り替える。音は音色の良いシャープなリズムを刻む。
ヒグマは点滅する赤いライトを手元のカメラに翳し、その映像を上段に投影する。下段は卓上の彦坂の手元である。彦坂はアルミホイルでカメラを塞ごうとする。ヒグマはグリッドが人体の輪郭を形成するCGに上段を切り替える。彦坂は塞ごうとしたアルミホイルを取り払い、創っていた長い首のフィギュアをカメラに括りつけ、その間に動物の手足を生み出していく。上段のグリッドの速度が上がる。
音の意識が変わり、緊迫から解放へ向かう。彦坂は完成した龍に糸をつけて天井に引き上げ中吊にする。頭につけたライトで照らし、龍の影を紗幕に映し出す。上段の映像はグリッドから原色の目玉と人形、ヒグマの正面からの写真が高速スライドする。下段は龍をとらえている。彦坂は床に正座し制作を続ける。
上段はヨーロッパ人の女性が、フルーツの入った容器を用いたパフォーマンスを行なっている映像となる。下段は座る彦坂のライブ映像である。音はリズムを失い反復する。彦坂は完成した龍の爪で紗幕を引っ掻く。再び机に戻るシーンをヒグマはカメラで追う。時計の針の音と持続音がミックスされる。上段の映像はグリッドであり、下段は吊るされた龍のライブだ。

映像パラダイムシフトVol.17より

上段の映像は犬が歪むCG、下段は舞台のライブ映像である。
上段の犬は増殖しフラクタルを形作り、渦を巻く。下段は龍のままだ。音は一つから重層的な持続音に変化する。彦坂が龍を宙から下げると下段の映像はその手元を映し出す。上段の犬は引き伸ばされ狐にも狸にも鹿にも見える。それが膨れては縮む。彦坂は合計で三体目のティラノザウルスを完成させる。
ヒグマは上段をティラノザウルスを翳す彦坂に、下段を手元のカメラからのライブ映像にして、観客すらもとらえる。音はピアノも混ざり、スクラッチ音が反復し、パーカッションが鳴り響いていく。上段の映像は重なる二つの球体に雨が降り注ぐイメージのCG、下段は彦坂の手元だ。ハウリングを有効利用した持続音が鳴り響く。それはCGに合わせた地鳴りなのか。
彦坂は四体目の鳥を完成させる。ホーンのトーンも聞えて来る。ヒグマは下段のカメラに指を翳し、影を創り上げていく。上段を羊のような角がある動物のCGにチェンジする。高音の断片が木霊する。ヒグマは小型カメラにライトを当て、下段の映像として投影する。ピアノの断絶音が響く。
彦坂は再び龍を引き上げ、ライトを影用いて影を発生させる。ヒグマはプロジェクターを閉じる。彦坂はライトを止めない。断片的な電子音が鳴る。彦坂がライトを閉じ、90分の公演は終焉を迎える。
演奏は中里と紙田が前後半に分かれていたというが、全く違和感のないものであった。これはコラボレーションではない。一回性とは何か。未完成、場の空気とは。現象であるよりも生々しい感覚。僅かな仕草から意義を見出している。様々なキーワードが頭に浮かび、様々なインスピレーションが胸に湧く。

照明:坂本明浩
撮影:飯嶋康二