ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.19

Visual Paradigm shif Vol.19 of Haruo Higum

新聞紙を敷き詰めた座敷

2010年3月16日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:加藤チャーリ千晴(ヴァイオリン奏者)

映像パラダイムシフトVol.19より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

新聞紙が舞台中央に円状に広げられている。その上に、額に入った一枚の写真が置かれている。左壁面にも写真は一枚飾られ、光のラインが二枚を繋いでいる。
正面の壁面に、モノクロの風景写真がスライドされる。加藤千晴は右側に座り、ケースからヴァイオリンを取り出す。左壁面には、右にあるプロジェクター上部に設置された小型カメラがとらえたライブ映像が投影される。
入場したヒグマ春夫は革ジャンパーを左壁面に掛け、新聞紙の上に横たわる。立ち上がった加藤は、初音の開放弦のピッチカートの感触を続ける。左手でヴァイオリンを持ち、右手で弦を弾く。正面の映像は中心から外に広がる写真のスライドの下部に、波の動画が被さる。
加藤は弓を持って右前に移動し、音が消える直前にピッチカートを被せていく。正面壁面には、時代も場所も特定できないモノクロの写真がスライドされる。加藤は小脇にヴァイオリンを抱えたまま、左手で弦を抑える。
正面の壁面には商店街、雪が積もった駐車場、公園と、写真がスライドされる。カラーとモノクロという二重写しの写真は白黒のアニメーションに入れ替わる。それは鳥獣であり、身体でもあり、左右に流れていく。
加藤はピッチカートを続ける。正面の映像は接写した植物の白、青、赤といった単色の高速スライドが流れる。加藤は中央へ歩を進ませ、映像に入り込んでいく。ヒグマは脇に添えた掌を僅かに広げていく。
加藤はヴァイオリンを下げて左へ移動する。正面の映像はモノクロの動画から、加工されたセピア色の写真が矩形を形作り、動く。加藤は右手に弓を持ち、左手の指が弦を弾き、スライドして音を変形させる。
正面の壁面には、腕や足といった人体の写真が切り取られて加工され、投影される。ヒグマは腕を少しずつ横へ広げる。加藤は左側手前に移動し、高音を弾き続ける。正面の映像に、波が溢れる。
加藤の左手の指が弦を素早く擦り、音とする。そして、ピッチカートを続ける。正面の写真は、モノクロで二重写しの化粧する女性となる。加藤はギターのようにヴァイオリンを持ち、右手の指で弦を弾く。      ヒグマの腕は床に垂直となり、肩から上半身を起こしていく。正面の写真は新宿をとらえたカラーのスライドへ変化する。加藤は沈黙する。ヒグマが動くことで発生する新聞の擦れる音が場内に響く。
加藤はミュートしながら、ゆっくりと大きなボーイングをここで初めて行う。モノクロの女性の化粧とカラーの新宿の情景が交互する正面の写真のテンポに合わせるのではなく、加藤は常に一定のリズムを持っている。それは起承転結のない、いまだけの世界だ。
加藤は音を縁取っていく。ヒグマの腕は頭上にまで昇っていく。正面は白黒のアニメーションとなり、地と図が反転し、グリッドに還元される。ヒグマは完全に体を伸ばしきると、両手を後に上げていく。加藤は深いボーイングを続ける。
正面では、モノクロの街の風景の写真が高速スライドされる。ヒグマの掌の影が、両壁面に映り込む。正面はモノクロの写真とカラーの写真が二重写しとなる。共に金槌や釘といった「モノ」である。ここにある影とヒグマの影が重なる。
加藤は曲ではなく、ノイズでもない、旋律と単音の中間の楽音を放つ。それはぶら下がった状態の「音」だ。ヒグマは掌を上げたまま首を起こすと、首が傾いていく。加藤は音の速度を上げる。
ヒグマは上体と踵を上げていく。正面にはグリッドが形作る不定形のアニメーションが投影される。加藤はアルペジオから単音の反復へ移行し、再びアルペジオに戻す。正面には街のカラー写真と女性に「モノ」が組み合わされたカラー写真が二重にスライドされる。

映像パラダイムシフトVol.19より

ヒグマは膝を折っていく。加藤の単音は、僅かにピッチを変えていく。ヒグマは新聞紙を一枚持って立ち上がる。加藤は左前方へ移動し、楽譜的なフレーズを弾く。ヒグマは床からカメラを取り上げ、目まぐるしく動かす。その映像は、前方の壁面に投影される。ここには「意味」が求められていない。 ヒグマは前方を、モノクロとセピアの二重写しの写真に切り替える。加藤は細かいパッセージを繰り返す。ヒグマはカメラを反転させる。加藤は舞台を巡る。ヒグマは左の壁面にフェードバックされたライブ映像を投影する。 加藤は止まり、はじめのようなピッチカートを奏でる。革ジャンパーが自然に落ちる。ヒグマの右手が、左の壁面にある実体の写真に触れる。加藤はヴァイオリンを揺らし、音の波動を変化させる。 前方の映像が止む。左の映像も途絶え、初めから固定されたスポットが落ちて、45分の公演は終了を遂げる。 都市に溢れる時間、空間の広がりを示す映像と対照的に、ヒグマは自身の肉体でその記憶を辿った。加藤は予測をしない。幻想も持たない。しかし目の前にある映像とヒグマのパフォーマンスという「現実」に対して、即興で即座に対応した。

照明:坂本明浩
撮影:飯嶋康二