瞳が覗いた宇宙
2010年6月29日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
solo:ヒグマ春夫
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
凡そ150個の丸めた紙が横のプロジェクターから壁面に向けて投影される影のように、三角を形作り床に並べられている。3リットルは入であろう業務用水出し珈琲器具が横の壁面中央寄りに天井から吊るされて、水滴を落としている。下に位置する透明な瓶の狭い口が水滴をとらえ、零れた分は瓶の下の白い盥が受け止めている。
前の壁面に白いグリッドが展開する。リズムの反復が強い曲が流れる。グリッドが消え、ヒグマの唇が強調された写真が次第に迫ってくる(以下、「ヒグマの」を省略)。ヒグマは横のプロジェクターを開けて暫し佇む。
前の映像は鼻の穴を強調した写真が迫る。横の映像は、横の足元にあるカメラがとらえるライブ映像であるが、ヒグマの足が影になり全体像を認識することができない。イタリア歌曲が流れる。
前の映像は舌を強調した写真である。ヒグマは右足をゆっくりと踏み出す。前の映像は唇を強調した写真となる。横の映像には、フェードバック効果が成されている。前の映像は頬を強調した写真から樹木の写真に変化する。
無音の中、ヒグマはゆっくりと歩を進める。前の映像は顎を強調した写真の後に、「安心立命」という楷書の文字が右から左へ流れる。前の映像に顔、右手指先、樹木が交差する。民俗音楽的な曲が流れる。
前の映像は額を強調した写真である。ヒグマは器具を見詰める。前の映像は左目を強調した写真となる。ビートの強い曲に変わる。ヒグマは左肘を曲げ、手の甲で水滴を浴びる。前の映像は額を強調した写真の後に、「一意専心」の楷書の文字が右から左へ流れる。
前の映像は路面電車が走るイスタンブールの街の風景の動画となる。ヒグマは肘を伸ばし、体を少しずつひねっていく。右肘を折り、腹の前に位置する。前の映像は左頬を強調する写真となる。横の壁面は、影が塞いでいる。
前の映像はイスタンブールの港の様子である。ヒグマは右肘を上げていく。アフリカ的な民族の楽曲が流れる。前の映像は唇を強調する写真から海の動画に戻る。横の映像は僅かにずれて右手のみが映し出されている。
前の映像はカモメが空を飛んでいる動画である。ヒグマは両手を落とし、上を向き、鼻で水滴を受け止める。前の映像は車内から見た過ぎ行く線路の動画である。機械的な音が響き渡る。前の映像は右頬を強調する写真である。ヒグマは頭上で水滴を受け止める。
前の映像は顎を強調する写真から水の入った瓶を持つ手の動画となる。そう、この瓶はこの日に水滴を受け止めている瓶だ。ヒグマは少しずつ顔の位置を変えていく。前の映像は目を強調する写真である。街の雑踏の音、声、歌が聞こえてくる。
前の映像は街の動画から前歯を強調する写真となる。そして瓶を郊外の建物に透かす動画に変化する。ヒグマは首を起したまま上体を少しずつ寝かせ、背中で水滴を受け止める。前の映像は左目を強調した写真である。
ヒグマは両手を下げ、膝を折っていく。前の映像は左目を強調した写真である。波が速く流れる音がする。ヒグマは盥を跨ぐ。前の映像は鼻を強調した写真である。横の映像は影がフェードバックされて伸びる。
前の映像は舌を強調した写真から波の動画へ、更に喉奥を強調した写真となる。ヒグマは右手を伸ばし手の甲で、そして左手を床につき右腕の皮膚で水滴を受け止める。前の映像は歯を強調した写真である。
ヒグマは左膝を床につき、両掌で水滴を受け止める。前の映像が左頬を強調した写真から街の動画と変化し、ヒグマは両足の裏をしっかりと固定して両掌で水滴を受け止める。前の映像は左頬、右耳の強調した写真と続く。
ヒグマは両手で瓶の側面を支え、中に水滴が入るように正確に持ち上げる。前の映像は鼻の頭を強調した写真からクレーンの動画に変わる。ヒグマはそのまま膝を伸ばしていく。前の映像は鳥の羽が対になっているようなカラフルなCGとなる。
前の映像に「一期四相」という楷書の文字が右から左に流れる。アフリカ的ロックから民俗的音楽に変化する。前の映像は鼻を強調した写真が拡大される。眉間を強調した写真、髭を強調した写真と続く。
ヒグマは瓶を上部まで掲げると水滴のルートから外し、前の映像の中心に佇む。頭頂に瓶を載せると前の映像はグリッドが波打つCGとなる。イタリア歌曲が流れ、前の映像が潰えて闇が訪れると、45分の公演は終了を告げる。
スキャナに顔を押し付けて撮影した写真をヒグマは「自画像」と呼ぶ。自画像と2003年に訪れたイスタンブールの動画が交差し、映像にも映っていた瓶が実際にここにある。そこに溢れた水を自らが受け止め、その様子がカメラによってとらえられ、ライブで投影される。
ここに渦巻く「ヒグマ」という自画像は、自画像の域を超えて見る者の判断に委ねられる。「いま・ここ」という情報は、視覚機能に総て委ねられているのではないのだ。この公演に水の温度を感じることも、その体験に一つに成り得るであろう。
照明:坂本明浩
撮影:飯嶋康二