ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.21

Visual Paradigm shif Vol.21 of Haruo Higum

雫の跳ねる音は涙

2010年7月27日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:吉野弘志(ウッドベース)

映像パラダイムシフトVol.21より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

右側には縦90×横180cm程の白く不透明の養生シートが枠に張られ、立て掛けられて、奥にいるヒグマを隠している(以下、スクリーン)。その上部には業務用水出し珈琲器具が吊るされ、水滴が定期的に落ちていく。2m幅のビニールシートが、右奥から左前の床を這う。
左にいる吉野弘志のウッドベースが、純音階を奏でる。正面の壁面に、海の実写と1993年の新聞やチラシが重なる映像が投影される。ヒグマの手が映っているのでライブのようである。スローな一つの「曲」が終わる。次も調律された、ミドルテンポの一つの曲である。
上部から白と赤のライトが床を照らす。スクリーンには、スクリーン裏の床から撮影したライブ映像が台形に投影される。正面の映像は海から川へ変化し、左から右に流れるペン画の歯車のCGと水墨画のような動画が三重に映し出されている。
吉野は弓弾きで、ハーモニクスを多用する。スクリーンに、ヒグマと水滴を受け止める白い盥と装飾された五徳が映し出される。吉野は左側から中央左へ移動し、映像を浴びる。ペン画の歯車は、ドットの大きさまで拡大されるCGとなる。
吉野は左に戻り、ウォーキングベース風に指で弾く。正面の映像は、川からヒグマの顔をスキャンした写真となる。正面、右側面、顎、額、左目、頭部が強調される写真が一枚ずつ拡大されては消える(以下、顔の部分についての記述はこの写真を指す)。
吉野は間合いを取り、緩急を利かせた重い音を響かせる。正面の映像は、左頬、左口、左頬が続く。吉野は再び中央へ移動する。スクリーンに、ヒグマの足が伸びる。左頬、右頬と続く。吉野は右に戻る。左目、左頬が続く。吉野は、スラーを多用した演奏を始める。スクリーンに映し出された吉野に、水滴が落ちているように見える。
正面は右頬、正面鼻、左頬と続いて、吉本義人アトリエの加工された写真が投影される。下のビニールが、風の力によって膨らみ始める。実体は左側なのに、スクリーンでは右側にヒグマが映る。小型カメラは右奥に位置している様子だ。
スクリーンの中で、ヒグマは座って上を見ている。正面の映像は海の実写から、吉本アトリエの写真に変化する。吉野は弓と指で大きく息をするような曲を奏でる。ヒグマは盥を見つめる。ビニールは蒲鉾状に膨らむ。
スクリーンの中でヒグマは四角い透明なトレイを取り出し、右手で持ち、水滴を受け止める。正面は口、唇と続く。吉野は弓弾きでペースを上げるが、突如演奏を止める。水滴の音とビニールの揺れる音のみとなる。
吉野は一つの音を出し、中央へ移動する。ヒグマは、右掌で水滴を受け止める。正面の映像はペン画の歯車、正面の顔と続く。吉野は差し込むような音を放つ。正面の映像はペン画の歯車、海、口が二回続く。スクリーンの中でヒグマは右腕を伸ばし、肘の裏側で水滴を受け止める。
正面の映像はペン画の歯車と左頬が続く。吉野は歌い上げるような音を連続させる。歯車は常に左から右へ消える。スクリーンの中でヒグマは右肩で水滴を受け止める。盥に覆い被り、首で水滴を受け止める。吉野は音を止め、左の定位置へ戻る。

映像パラダイムシフトVol.21より

正面の映像は波、舌、ペン画の歯車が続く。吉野は粘るような指弾きを行う。スクリーンの中でヒグマは深く膝を折り、足の裏を床につける。正面はヒグマの口、口の奥、歯、歯、髭、舌、鼻、顎、目が続く。
スクリーンの中でヒグマは立ち上がろうとしている。スクリーンより上にヒグマの実体が見えてくる。膝を伸ばし、両手を床に置き、背中で水滴を受け止める。右手で小型カメラを持ち、吉野をとらえる。
正面に骨が震えて動く人体と孔雀の羽のようなCG、ペン画の歯車が映し出される。ヒグマはカメラを回して、吉野の頭が画面の左右に位置するように投影する。ジャジーなベースを吉野は奏でる。ヒグマは吉野、壁面、右手と映す。
スクリーンに映る映像は、スクリーンの裏側である。吉野は音の密度を上げていく。ヒグマは右手、客席と映し、左手は水滴を受け止めている。ヒグマはしゃがみ、床のビニールを映す。サッシの裏からサッシを映し、虹色になる。吉野が指弾きを止める。
正面には人体と歯車のCGが続く。スクリーンにはトレイに水滴が落ちる様が映し出される。吉野はドラマチックなベースを歌い上げる。
正面には額、目、波は止まり、連なる歯車、雲の動画、額、左頬、遠くを飛ぶ飛行機と連続する。スクリーンに水滴とトレイの影、ヒグマの影が映る。正面には、上部ヒグマの写真、下部波の動画が投影され、波そのままで、フォークと椅子のイラストが中央に映る。
フォークは赤、緑、ピンク、青、緑と変化する。吉野は小刻みなリズムで高音を弓弾きする。スクリーンに矩形が動く。吉野は止まり、映像が止み、光が落ち、55分の公演は終了する。
吉野は抜群のテクニックで音を空間に響き渡らせ、映像に干渉するというよりもここにいる者の時間軸を喪失させた。ヒグマの実体と虚構の境界線は取り払われ、映像を視覚以上の空間軸に昇華させたのだった。

照明:坂本明浩
撮影:飯嶋康二