ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.22

Visual Paradigm shif Vol.22 of Haruo Higum

ざわめく音は心拍

2010年8月31日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:宮田糸句子(ヴァイオリン)

映像パラダイムシフトVol.22より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

後方壁面には幅180cmの養生シート(以下、縦のスクリーン)が、床から天井に伸びている。同タイプのそれ(以下、横のスクリーン)は、床から1m程の高さで左右を横切り、右上に吊るされた珈琲用器具から規則的に落ちる水滴を受け止める。右奥と左前に白い盥が置かれている。
半透明のレインコートを着装した宮田は右側に背を向けて立ち、両手で体を擦り、音を発生させる。闇の中でピッチカートが響き、公演が始まる。
宮田は横のスクリーン下に潜り、床に爪を立てたり、ヴァイオリンを床に這わせたり、縦のスクリーンを擦ったりして音を発生させる。ヒグマは右前に位置し、脇にあるマックを操る。縦のスクリーンに、筒から光が漏れ再び収まるCGを投影する。
宮田が再び横のスクリーンを潜ると、縦のスクリーンには赤い花火の動画が投影される。上部には緑の光が映り込む。宮田は何かを噛みながら水滴が落ちる地点の下に身を置く。ヒグマは横のスクリーンに水が流れる映像を投影する。
前方に出てきて立ち上がる宮田はヴァイオリンをギターのように構え、ピッチカートを続ける。縦のスクリーンの上部に映る緑の光は徐々に増し、紋様が浮かび上がる。宮田は再び横のスクリーンに潜り、左から右へ移動する。
縦のスクリーンの花火は続く。宮田が銜えていたのはイヤホンだった。呼吸音を発し、床にヴァイオリンを置いてきつくボーイングし、左右を見渡す。右上を見つめ、横のスクリーンから抜け出ようとする。
宮田は横のスクリーンを右肩に乗せ中央へ、四足になって右へ移動する。呼吸音を発しながら口からイヤホンを取り出し、耳に捻じ込むイヤホンのコードを揺すりながら横のスクリーンから出てきてレインコートの下を脱ぎ、床に広げる。
宮田は二つのスクリーンの間に移動し、ヴァイオリンを構え断片的なボーイングを行い、音を発生させる。横のスクリーンには水が流れるCGが投影されている。縦のスクリーンの花火は、何時の間にかハレーションを起こす色彩に加工されている。
宮田は和音を奏で、ペグを回して音階を変化させる。縦のスクリーンに投じられる上昇し降下する花火を見続けると、視覚が混乱をきたし上っているのか下っているのか、自分がどこにいるのかわからなくなる。
横のスクリーンに投影されたCGの流れる水は、何時の間にか実写のそれになっている。宮田はピッチカートとレインコートを擦る作業を、交互に繰り返す。イヤホンを床に置き、大らかなボーイングで歌い上げるような音を放つ。縦のスクリーンの花火は、赤から青に変化する。横のスクリーンの流れる水の実写は続く。この上に水滴は転がり続ける。
ヒグマは縦のスクリーンの花火をライブ映像に切り替え、ヒグマの足元にあるオレンジを映す。宮田は左足首に巻きつけたイヤホンの延長コードを弓や指で解き、床に置いて呼吸音を発しながら四足で再び横のスクリーンの水滴が落ちる地点に身を置く。

映像パラダイムシフトVol.22より

ヒグマはオレンジの皮を剥く。宮田は腰で座り足を投げ出して、ヴァイオリンで降下する音階を奏でる。宮田は弓を床に置き、ヴァイオリンをギターのように構えて再び二つのスクリーンの間に立ち、断片的なピッチカートを奏でる。
縦のスクリーンに再び花火が上がり、地と図が反転された白と赤になっている。宮田は横のスクリーンを抜けて前に出てくる。ヒグマは横のスクリーンにライブ映像を投影する。宮田は前中央に立ち尽くし、ヴァイオリンを構えて断片的なリズムを発生させる。
横のスクリーンにはヒグマの右足が映り、そこに溜まる水が盥に零れていく。縦のスクリーンは、渦を巻く空中に青い十字架が上昇するCGが投影される。それは惑星を駆け巡る視点に変化しても、続けられる。
宮田はヴァイオリンによる断片的なリズムの反復と、レインコートを擦る音を執拗に発し、右手で横のスクリーンに溜まった水を弾く。ヒグマは横のスクリーンに点滅する赤いライトを映し、水の実写に戻す。
縦のスクリーンには白と黒が渦を巻き、十字架が上昇するCGが続く。宮田は水につけた右手をヴァイオリンのネックに這わせ音を出し、床に零れた水を足で擦り音を出す。縦のスクリーンには五色の光が変化する。
宮田はスタッカートを奏でながらヒグマに近づき、オレンジを口に含む。背を床につき、引き上げて顔を横のスクリーンに寄せる。左手がヴァイオリンの弦を弾く。縦のスクリーンには白抜きされた人体に、青い花火が飛ぶ。
オレンジの匂いが会場に広がる。宮田はヴァイオリンを前に構え、弦を弾く。それは花火や水滴のような「弾けた」音である。ヒグマは初めて移動して右奥から宮田を映し、縦のスクリーンへ投影する。
宮田は水滴の下に横たわり、左手をヴァイオリンに、右を横のスクリーンに触れる。照明が落ち、プロジェクターは閉じられ、50分の公演は終了する。
ヒグマは「弾ける」映像を投影することに、終始した。宮田は「擦る」という行為を通じて、映像との対話に迫ったのであった。

照明:坂本明浩
撮影:飯村昭彦