ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.25

Visual Paradigm shif Vol.25 of Haruo Higum

方向性を失う錯覚

2010年11月19日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:寒河江勇志(サックス・フランス在)

映像パラダイムシフトVol.25より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

中央に椅子が位置し、椅子を挟むように幅180cmの紗幕が天井から床まで伸びる。椅子にはサックスが置かれている。100×150cm程のスクリーンが床から80cmの高さで傍らに吊られている。ヒグマは奥に身を置く。一体で四色を放つライトが、垂直に椅子を照らす。
紗幕には変化する色面のCGが投影される。寒河江は左手にパーカッション、右手に1mはあろうかインドの儀式に用いる竹を持って振り、微細な音を発生させる。紗幕にはピンク地に矩形が浮かび上がっては消える。
寒河江は倍音フルートの吹き口を叩いて音を出す。裸足のヒグマは立ち上がり、プロジェクターを動かして映像を壁に通過させる。寒河江がインドの竹を吹き始めると、ヒグマはスクリーンに上下を左右にしたライブ映像を投影する。
紗幕のCGは色面が限りなく広がっていく。寒河江はインドの竹の吹き口を叩き、足を踏み鳴らしてリズムを発生させる。ヒグマは手に持った小型カメラの向きを戻し、緩やかに移動させていく。
ヒグマは膝を折っては立ち上がり、全身でカメラを操る。寒河江はインドの竹を床に置き、サックスを手に取り椅子に座る。紗幕には青と赤の色面が先程よりも速い速度で流れていく。
寒河江はサックスに僅かな息を吹き込み、指を迅速に動かすのでその貝皿が当たる音がパーカッションのように鳴り響く。紗幕のCGは暖系、寒系を横断し、原色の波を際立たせる。ヒグマは座り、紗幕に別のカメラからのライブ映像を投影する。
奥にある別のカメラをゆっくりと動かす。映し出されるライブの天地が逆さになっている。紗幕に投影しているプロジェクターの光がスクリーンにも届き、スクリーンは二重のライブ映像を受け止めていることになる。
小型カメラはヒグマの足先をとらえる。ヒグマは小型カメラを右手に、別のカメラを左手に持ち、隈なく動かす。寒河江はリズムのスピードを上げていく。周波数のような反復音が会場に響き渡る。
ヒグマは小型カメラで床を、別のカメラで小型カメラを映し出し、スクリーンと紗幕に投影する。寒河江は反復的持続音から素早く点描的演奏に転換する。ヒグマは小型カメラを頭上からのアングルにし、別のカメラは右手の動きをとらえるようにする。
寒河江の音は螺旋を描いて上昇する。ヒグマは立ち上がり、スクリーンをライブからCGに切り替える。青の背景に緑の山が上下するように見える。それはフラクタルのように地と図が入れ替わっているような錯覚に見舞われる。
ヒグマは別のカメラを右手に持ち、頭上に高く掲げる。スクリーンのCGは、さ迷うような視点から暖系と寒系の色面が交じり合っていく。ヒグマは自らの頭髪を映し、紗幕に投影する。
寒河江はサックスに、浅く息を吹く。その音は始めから常に通抵し続けている。ヒグマは頭髪から目、髭へとカメラを動かしていく。寒河江はサックスに深く息を吹き込み、両指先で音を紡ぎだす。その音は息吹と同じく、旋律にも言葉にもならないのだ。
スクリーンのCGには、形が生まれては消えていく。ヒグマは別のカメラを左手で持ち、紗幕越しの寒河江をとらえる。ヒグマの影が紗幕に吸い込まれていくように、音もまた、紗幕の中という遠い空間に消えていくように聴こえる。
スクリーンに映し出されるCGは、細胞分裂にも、宇宙の生成にも、曼荼羅にも、サイケデリックにも見える不可思議な世界観を持つ。寒河江は貝皿でリズムを編み出していく。ヒグマはそこに存在している筈なのに何処かへ行ってしまった気がする。

映像パラダイムシフトVol.25より

寒河江はサックスを椅子に置き、インドの竹と同じくらいの長さの自作倍音フルートを持ち、赤いパイプを伝って息を吹き込むと、風のような持続音が発生する。ヒグマは右手で別のカメラを腰付近に構え、後退する。
ヒグマは小型カメラとプロジェクターの光を重ねている。寒河江は右手で倍音フルートの口を押さえ、音色をコントロールする。ヒグマはスクリーンをライブに切り替え、前に出る。小型カメラはスクリーンをとらえる。
紗幕の透過性は立体感を生む。スクリーンにはないので映像は「面」となる。寒河江の音は鳥が歌い上げているようにも聴こえる。「聴こえる」のではなく、聴く者の心がその音や歌を生み出しているのではないだろうか。足踏みを交える。ヒグマは寒河江を映して紗幕に投影するので、舞台内に寒河江が増殖する。
寒河江は吹き切っては始まりを形成し、全体としての大きなリズムを創造していく。それは鳥の声にも現代曲にも譜面があるようにも感じる。ヒグマは後退し、左手で二つのカメラを持つ。
紗幕には、開始時の色面のCGが投影される。スクリーンは天地を反転させては戻すライブ映像が展開している。寒河江はサックスに持ち替え、貝皿を細かく叩き、息を吹き込む。紗幕とスクリーンに映るCGは同一だが、天地が反転している。
CGの色面が変化していく。ヒグマは紗幕をライブにして、プロジェクターを閉じていく。上からのライトが寒河江を照らす。ライトが落ちても寒河江は続ける。ハーモニクスを発すると、一時間の公演は終了する。

照明:坂本明浩
撮影:坂田洋一