ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.26

Visual Paradigm shif Vol.26 of Haruo Higum

音を聴くことと仕草

2010年12月14日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト 音楽:タウンブレス(ハーモニカ・町田明夫/シンセモジュール・コーセイ)

映像パラダイムシフトVol.26より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

床中央に「みなさん/日常何か/気がつく/ためにも/目と耳を/集中させ/推測しま/しょう!/その記録/とらせて/いただきます/よろしく!」と書かれたA4の紙が並んでいる。その上部50cm程の位置に電球がぶら下がっている。
正面向かって右奥にヒグマ、中央にコーセイ、左に町田が位置する。プロジェクターは正面と左の壁面に向けられている。コーセイはラックエフェクター二台とスピーカー二台を使用し、手元に録音機を持つ。町田は座り、机にはミキサー、その下にスピーカーとラジカセが二台置かれている。
暗転し、ヒグマが電球のスイッチを入れる。コーセイが一台のラジカセのスイッチを入れると、ミドルテンポのピアノとドラムの音楽が流れる。そのラインに合わせて町田はハーモニカを奏でる。悲しく郷愁を誘うメロディーだ。この曲が終わると、ヒグマはプロジェクターを開く。
左壁面には、小型カメラによる右からのライブ映像が投影される。コーセイは別のラジカセのスイッチを入れる。呼吸音、留守電の再生音が聞こえる。正面壁面には波の実写動画と赤い背景に青い山が伸びるCGがダブルイメージで投影される。町田は持続音を奏で始める。ラジカセからは何かが倒れるような音が響く。
正面のCGは色面が侵食しあう。町田はスローな音を発する。ラジカセからは道路で録音した音が流れる。正面のCGは、ペン画の歯車に変化する。ヒグマは小型カメラを右手で持ち左側へ向かい、ラジカセをとらえる。ヒグマの足の影が左壁面を遮る。ヒグマが中央へ進むと、正面にヒグマの影が映りこむ。
ヒグマは町田をとらえる。左側なので、自然と映像はフェードバックする。コーセイは時間をかけて、左前から右前へ屈んで移動する。ラジカセから足音が聞こえる。ヒグマは譜面台を映す。正面の壁面には、草原の写真がスライド投影される。町田は低い音程を奏でる。
コーセイは録音機を宙に翳す。町田が創り上げる音は、持続的低音から高音へ移行する。ラジカセから汽車の音が聴こえる。ヒグマはA4の紙、電球と映す。正面の壁面には交差点の実写が投影される。ヒグマは腰を屈めて左前へ移動する。コーセイは右前で膝を折る。
町田はブルース調の演奏へ移行する。正面の壁面には駅構内、ホーム、車内の実写が投影される。コーセイはヒグマの後方に立つ。正面の壁面には加工された人体の写真と炎のCGが投影される。ヒグマはラジカセを映し続ける。町田は深く抉り出すような音を発し続ける。正面の壁面には、切り取られた人体に街のモノクロ写真が高速スライドされる。
ヒグマは切り取られた人体に体を合わせて、正面の映像を撮影する。自らの影も映し、何十ものイメージが膨らんでいく。コーセイはエフェクターのボリュームを上げて、規則的な電子音を形成する。その様子をヒグマはカメラでとらえる。町田はブルース調の旋律を続ける。正面の壁面には、風景のカラー写真が時間をかけてスライドされる。

映像パラダイムシフトVol.26より

ヒグマは中央に立ち尽くす。町田は深い音を奏でていく。ラジカセからリズミックな打込み音とサンドノイズが交互に流れる。ヒグマはラジカセを映し続ける。これだけ長い時間ラジカセを見ていると、ラジカセの形が不自然である感触を受ける。正面の壁面には燃え上がる炎のCGが投影される。
ヒグマは小型カメラを置き、自己の顔をとらえる。ヒグマの視線はカメラに向けられているので、どのように自身が左の壁面に投影されているか認識することができない。町田はハーモニカならではの音をここで初めて鳴らす。立ち上がったヒグマは中央の紙片を映す。正面の壁面には矩形のCGが広がる。
ラジカセから柔らかい曲が流れても、町田は総てを無視し、自己の主張を繰り返す。コーセイはエフェクターのスイッチを入れて、断片的な澄んだ電子音を流す。ラジカセからは単調な電子音が聴こえる。正面の壁面にはアトリエのパーツ、風景のカラー写真がスライドされる。
町田はアンビエントな音を淡々と吹き上げる。正面の壁面には、波の動画と掌の写真がダブルイメージで投影される。町田はトニックを果てしなく繰り返す。終りなき演奏である。正面の壁面にはイスタンブールの動画が流れ、水墨的CGに代わる。
いつしかラジカセの音は止まっている。ヒグマはプロジェクターを閉じていく。上部からのスポットに照らされて、町田は始めの曲を再びラジカセの音に合わせて吹き、暗転して一時間の公演は終了する。
最初と最後の曲は、コーセイが作曲したものだった。コーセイは録音機で立体録音を施していたのだった。三者は「雰囲気」を造り出し、音楽が含まれているにも関わらず時間の流れが止まった。ダブルイメージ、スライドの緩急、被写体をずらさないのが今回のヒグマの特徴だった。町田の音は、身体の器官を通過せず、そのまま音として具現したのであった。

照明:坂本明浩
撮影:坂田洋一