樹木と烏のシルエット
2011年8月22日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト: 畦地真奈加
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
幅2m程の紗幕が舞台左コーナーに、比較的ゆとりをもって天井から床へ延びる。ヒグマは舞台右に位置し、二台のプロジェクターを用いて正面の壁面と紗幕に映像を投影する。
樹木と烏のシルエットが正面と紗幕に映し出される。烏は消える。コートを頭まで被り、顔を隠した畦地真奈加が入り、緩やかに立ち尽くす。街のモノクロの写真が正面に投影される。畦地は両掌をポケットに納め、ヒール靴を履いた脚の位置をずらすことによって表情を浮かべる。
街の写真はゆっくりと移り変わっていく。畦地もまた、壁面前を右から左へ移動する。正面には放射状、または山の連なりのようなモノトーンのCG動画が投影される。畦地も舞台を隈なく歩む。
両手を掲げたかと思うと再びポケットに戻す。再度両手をポケットから抜き、体の脇で揺らめかせる。モノトーンのCGの動画は続いている。そして、沈黙もまた継続している。その沈黙を破るのは、畦地が踏み鳴らす足音である。
映像の上部に黒い赤が出現する。畦地はコートによって限定された動きの中で、体を弾いていく。躍動感あふれるCGはまるで畦地の内面と重なるようだ。掲げた右手は痙攣する。映像の黒い赤は失われていく。
畦地は足を引き摺るように素早く移動し、紗幕の裏に入って押し上げては抜け出していく。左足のみで立ち、等しさ指を立てた両掌をマイムのように動かす。両手を脇に掲げ、「いつものように…」、歌い始め、旋回しながら移動する。
畦地は歌い続ける。映像は車内から撮影した移動する景色のモノトーンの動画から、再び放射状のモノクロのCG動画へと戻る。畦地は歌いながら体を揺すり、コートから顔を出し、帽子を振り解く。
映像は正面、紗幕共にモノクロのライブとなる。ヒグマは右手で小型カメラを回し、畦地を天地、左右と様々な角度に変化させながらとらえる。左では据え置きのカメラを指先で揺るがす。即ち、ライブ映像は二重に投影される。
「私のおばあちゃんが…」、語り、「祈る言葉さえ…」、歌い、体をしゃくる緩急を激しくする。上からのライトで、紗幕がオレンジ色に泡立つ。ヒグマは正面をライブのまま、紗幕を色面のCG動画へ切り替える。それはまるで、顕微鏡を用いて血管の動向を見詰めるような生々しさに満ち溢れている。
畦地はコートの襟を掴み、足を回しながら歩を進める。首を戻すごとに旋回する。正面のCG動画は続いている。紗幕の映像では、ヒグマはライブで畦地を追い続ける。畦地は壁面に頭をつけ、呆然とした表情で寄り掛かる。
するとヒグマは、正面の映像をライブに切り替える。紗幕の中央に、畦地のライブが浮かび上がる。ヒグマはその紗幕を小型カメラによって角度を変えて正面に映し出す。コートを脱いだ畦地がその正面に寄り掛かるため、同時間の畦地が増殖していくのだ。
雑踏の音が、スピーカーから流れてくる。畦地は両手を掲げ、中央へ向かう。その場で左足のみで立ち、右足首を回す。体の向きを変えると電子音が聞こえてくる。実体、影、二つのライブ映像が、複雑に畦地を創り上げる。
畦地は紗幕とコーナーの間に立つと両手を高く掲げ、首を擡げる。ヒグマは正面と紗幕の映像を樹木のシルエットに切り替える。畦地は倒れ、紗幕の下を潜り、うつ伏せに横たわる。畦地は素早く正座し、掌を振りつつ立ち上がる。体の向きを変えながら、掌で体の側面を叩き続ける。
規則的に木片を叩く音が鳴り響くと、畦地は床に仰向けに横たわる。ヒグマは正面の映像を波線の動画CGと、口を強調したヒグマの顔のモノクロ写真へ変化させる。紗幕の映像はライブのままであるが、カメラの位置によりフィードバック効果が起こる。
畦地はフジモトヨシタカによる音に合わせ、声を発しながら体を伸縮させる。ヒグマは正面の映像を放射状の動画CGに切り替える。ミクロの世界からマクロのそれへと転換するように感じる。畦地はマイム的な動きを行っていく。
ヒグマは正面の映像を、右頬を強調したヒグマの顔のモノクロ写真と、サンマロの木の防波堤のモノクロ写真を二重に投影する。音にピアノとヴォーカルが被さり、畦地は立ち上がってマイム的な動作を続けていく。
ヒグマは正面の映像を、川が流れるモノクロの動画へ切り替える。畦地は爪先で進み、跳躍する。正面の映像は、森林を下から見上げる実写動画からマクロ的CGと化す。畦地は紗幕とコーナーの間に入り込み、頭で紗幕を押し、掌で体を叩く。
畦地は再び横たわり、立ち上がり、跳躍し、大きく旋回する。正面の映像は足裏、ヒグマの髭、樹木のモノクロ写真とスライドされ、川の流れの実写と変化する。畦地は振り切れるまで踊り続け、倒れると突如暗転が訪れ、40分の公演は終了を遂げる。
カラー映像が多数流れたにもかかわらず、モノクロの雰囲気が支配した。それは物語性を強調しながら物語が喪失したことを示し、大胆な畦地のアクションと繊細なヒグマの映像が触れ合ったことにより発生した。
照明:早川誠司
撮影:坂田洋一