シンメトリーな世界が形成される
2011年9月12日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:小野明子(コンテンポラリーダンス)
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
幅2m幅2mほどの紗幕が4枚、折り重なるように並んで天井から床へ延びている。手前と奥に設置された二台のプロジェクターは互いに向き合い、手前二枚の紗幕間の床には水が張られた直径20cmほどの透明なボールが置かれている。ヒグマは向かって右側に位置する。
赤地に白く大きな円が装飾されているワンピースを着た小野が現れると、暗転する。会場に流れる金属音に反応し集積していくようなCGが紗幕に投影されると小野はoneからnineまでのカウントを口ずさみ、「はい、解りません」と発言する。
ヒグマが奥のプロジェクターを開くと手前と同様の映像が流れ、シンメトリーな世界が形成される。小野は舞台を巡っていく。映像は透視線状のカラーのラインが走り、花粉の放出のイメージを喚起させる。
小野はワンピースを脱ぎ、白と赤の衣装へ転換する。黒い太陽のようなCGが紗幕を通り過ぎていく。小野は紗幕の上部を見詰める。ホワイトノイズが響き渡り、CGは寒系から暖系、寒系、モノクロ、寒系、暖系と目まぐるしく変化する。
大きく揺らぎ、広げた腕を回す小野の影が紗幕を突き破る。ホワイトノイズは滝の轟音に聴こえてくる。紗幕に映るCGは、細胞分裂を繰り返すように増殖する。小野は声をあげながらも両手を激しく動かす。
紗幕に放射線状のカラーCGと波のモノクロ動画が二重に投影されると、小野は床に蹲る。ヒグマは手前のプロジェクターから発せられる映像を、手持ち小型カメラからのライブに切り替え、その場で小野をとらえる。
奥のプロジェクターからは、放射線状のカラーCGと波のモノクロ動画が投影され続けている。ホワイトノイズが止むと小野は立ち上がり、上体を屈ませながら進む。手前の映像をライブからCGに切り替えたヒグマは「大丈夫?」と、小野に声をかける。
「大丈夫。打撲しただけですから。何もしていないのです」。小野は答える。ヒグマは奥からの映像を床置きの小型カメラからのライブに切り替える。小野は続ける。「何もしないのです。そして私はそれをしているのです」。
小野は足の包帯を外し、台詞を繰り返しながら立ち上がって歩む。小野が一周して立ち上がった地点に還ると、上部を見上げ映像を浴びる。小野の実体は影と対比している。ヒグマは手前の映像をライブに、奥の映像をCGに切り替える。
無音の場内に、プロジェクターの稼動音のみが強調される。小野は紗幕間に立ち、両掌を合わせ、左右に揺れながら紗幕を抜けていく。歌曲が流れる。紗幕には球体が爆発するイメージのCGと彷徨う小野のライブが投影される。
小野は左足を軸に回転する。回した腕をモチーフに、全身で旋回を続ける。両足裏は床を這い、両腕は大きな弧を描く。音が停止しても小野は続ける。波飛沫の音が聞こえてくる。映像は共に、波の実写と水平線のCGとなる。
小野は上体と両手を上に伸ばす。プロジェクターの光が、立ち昇る朝陽のようだ。ヒグマは据え置きの小型カメラで小野をとらえ、ライブ映像を紗幕に投影する。小野は繰り返す。「はい。解りません」。
小野はボールを水平に持ち上げ、台詞を続けながら徘徊する。ヒグマは手前の映像を小型カメラからのライブに切り替え、更に奥の映像も同様とし、小野の指先をとらえる。小野はボールに顔を埋め、水の中で息を吐く。
「何もしないのです」。小野は呟き、ボールを中央に置き、舞台右奥へ消える。ヒグマは手前の映像を波の実写とCGに切り替える。小野が再び登場すると、ヒグマは奥の映像も同様にする。
小野は「何もしないのです。私はそれをしているのです」という台詞を繰り返し、上体を寝かしてプロジェクターの光を遮る。線が面となるCGが投影されると、小野はoneからtenをカウントする。
「はい、解りません」。発言を繰り返し、小野は彷徨う。波とCGが渦巻く。小野は紗幕を、両手を大きく広げながら横切り、再び右手で水を掬う。ヒグマは手前の映像をライブに切り替える。
小野は足を固定して腕を揺らし、oneからtenをカウントする。その様子をヒグマは天地逆さにしてとらえ、紗幕に投影する。小野は合わせた両掌を巡らせ、床に蹲る。奥の映像は燃え上がる炎のようなCGとなる。
ヒグマは客席、天井、紗幕と手持ちの小型カメラを揺るがす。小野は右奥へ消える。ヒグマは自らのパソコンの画面、自らの指先と映し、カメラの視線の角度を変えずに立ち上がっていくので、景色が移り変わっていく。
そして、奥に居る小野を捕らえる。長い間、小野の指先を捕らえる。そして暗転し、43分の公演は終了を遂げる。
小野といえば、激しいダンスを強固に打ち出す相当のテクニシャンである。今回はその動きを内在化させ、虚構ではない虚構を生みだした。ヒグマはそのような小野の表象に訪れるダンスではなく、小野が持つ存在そのものを内在化された動作の中から外部へ引き摺り出したのだった。ここにある精緻な空間は、ダンスと映像というカテゴリを越えた。
照明:早川誠司
撮影:飯村昭彦