ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.42

Visual Paradigm shif Vol.42 of Haruo Higum

反転した写真のようなイメージを与える

2012年8月26日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:K.a.n.a & mst

映像パラダイムシフトVol.42より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

ホールを入って左側が舞台となっている。舞台の床と壁面は、角を手で千切った白い紙で覆い尽くされている。アクションペインティングの支持体と、スクリーンとしての物質の狭間の存在と化している。
右奥には大量のエフェクターとエレキギターが置かれている。ヒグマは入って右側の小さな空間に身を潜めている。
K.a.n.aが舞台中央に立つことによって、公演が開始する。ヒグマは暗い深海に泳ぐ原始生物に見えるCGを後方と左壁面、床に投影する。同じ映像ではあるのだが鏡返しすることによって、広範囲に亘る部屋全体の総合的な映像として成立している。
mstはリバーヴを利かせたギターで、高音を優しく奏でている。K.a.n.aは体に密着させた腕を緩やかに解き放ち、顔の脇に掌を翳していく。映像に泳ぐ蝦的な原始生物は水母のような形態に変化し、横動きが主となる。
映像の水母的CGは白一辺倒であったが黄と青が混ざり、静止したかと思うと高速に移動する。mstは音をループし、単音というソロを重ねていく。K.a.n.aは目を開き、掌を漂わせながら落としていく。
水母の四匹は白、三匹は着色されている。mstはエフェクトを多用し、複雑な電子音を編み出していく。K.a.n.aが床に腰を落とすとmstはループを切って持続音を連続する。映像は水銀が表面張力を起こしているようなCGへ変化する。
K.a.n.aは左壁面へ向かう。mstは持続音をループし、アルペジオを交えたソロを弾いていく。CGは反転した写真のようなイメージを与える。K.a.n.aが膝立ちになると、スモークが場内に立ち込める。
映像のソラリゼーションは線と化し、素早く展開する。mstは低音を奏で、K.a.n.aは緩やかな体の動きを持続させる。それはまるで波の動き、生命の根源に触れていくように感じる。映像は黒地に白と赤が墨のように流れるようなイメージに変化する。
mstは不確定なリズムをループし、斑の照明が空間全体を包み込んでいく。映像のCGには緑、青、黄、水色が加わり、燃え上がる炎の如き揺らめきを見せる。左奥に倒れたK.a.n.aは奥から刷毛を取り出し、黒い顔料で床に壁面に曲線を描いていく。
ヒグマは映像を、俯瞰的に舞台を捕えるライブに切り替える。K.a.n.aは手が届く範疇総てに線を這わせていく。mstはアルペジオをループし、ミニマルなソロを演奏する。映像に粒子的CGと、波のモノクロ実写が重なっては失われる。
K.a.n.aは自らの首筋にも黒い線を這わす。顔料を青に替え、踊るように曲線を壁面に描いていく。映像に白いグリッド、粒子的CG、実写の波がモノクロに重なる。mstはアルペジオをループしたまま、エフェクトされた音のマッスを投入する。
ヒグマは映像をライブに切り替える。K.a.n.aは青い線を後方壁面、床へと続けていく。線が重なることを恐れず、足裏で顔料を引き伸ばし、ポーリングすらも行う。映像は白い粒子的枠組みの中で黒と青が点滅するCGに変化し、波の実写と二重に投影される。
K.a.n.aはスポンジに紫の顔料を含ませ、床に滴らせる。CGには橙と黄緑が加わり、集積してサイケデリックな色調へ向かっていく。mstは深いチョーキングを敢行する。K.a.n.aは自らにも顔料をポーリングする。
mstは音にディレイを掛けて、モード的旋律を描いていく。K.a.n.aは横たわりながらもスポンジで描き続ける。映像は氷が割れるようなCGへ変化する。立ち上がったK.a.n.aは左手を上部に差し出す。

映像パラダイムシフトVol.42より

mstはミニマルな演奏にノイズを被せていく。K.a.n.aがスポンジを捨て、右肘を旋回させ、左膝を付くと映像と音楽は一度止み、白いライトが場内を照らし続ける。mstが微かなアルペジオから演奏を再開し、ヒグマは沸き立つ白に緑、青、橙が蠢くCGを投影する。
K.a.n.aは黒のクレヨンを地に、壁に這わせて線を導き出す。右の小さな白い紙にも描き続ける。そして、先に描いた黒、青、紫の線をなぞっていく。刷毛に金の顔料を付け、同じ動作を繰り返す。mstはミュートしながらリズミックな音を発する。
K.a.n.aが描いた線と、ヒグマが投影するCGの線が恣意的に交差する。K.a.n.aは横たわりながらも描き続ける。緑のライトが全体を覆う。映像は白に黒い斑が浮かび上がるCGに変化する。mstは緩やかなアルペジオを繰り返す。
K.a.n.aは刷毛を置き、体を捻りながら右掌で顔を覆う。mstの単音のループは、アンビニエント的だ。映像は、黒地に白い生き物が波に揺られているようなイメージのCGである。mstは切り裂くような高音のソロを奏でる。
K.a.n.aは揺らぎ続け、CGもまた揺らぎ続ける。それは水面に反射する光のようにも見える。再びスモークが立ち込める。mstはループを続け、K.a.n.aは後方壁面において線と一体化する。白、黄、青、橙の横線のCGに波の実写が混在していく。K.a.n.aが壁際で止まると、一時間の公演は終了する。
終了後、ヒグマは映像、ライブペインティング、音楽と、 KID AILACK ART HALLの照明、早川誠司のコラボレーションであったことを強調する。確かにこの公演はヒグマの映像、 K.a.n.aの顔料、mstの音色、早川の照明と色彩が多様に展開していたと報告することが出来る。しかし重要なのは、その色彩が失われたモノクロの感触があったことである。色彩の世界、それは真の意味での色彩を失った宇宙でもあるのだ。

照明:早川誠司
撮影:坂田洋一