ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.43

Visual Paradigm shif Vol.43 of Haruo Higum

揺れる緑の草々の実写映像

2012年9月28日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:平石博一(作曲・ミニマルミュージック)

映像パラダイムシフトVol.43より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

入って右側が舞台、左側に客席が並ぶ。舞台にはビニール製の買い物袋を繋いだ巨大なオブジェが、舞台中央の天井から床に延び、山型に刳り貫かれた先の壁面には、空と雲を地上から眺める視点のカラー実写映像が既に開場時から投影されている。
平石博一もまた開場時から舞台右奥でMacを操作し、緩やかな和音のピアノ音を流している。ヒグマが客席右前に座ると暗転し、公演が始まる。暗い深海に10匹の原始生命体のようなCGが上下する。8匹は白、赤と青が一匹ずつである。
うねる様なきつい電子音が鳴り響く。原始生命体的CGは人間の歩行どころか、梵字にすら見えてくる。すると電子音が、声明に聴こえて来るのだ。黄色い原始生命体的CGが加わると、ヒグマは伊豆半島、波浮港のカラー実写に切り替える。
コンクリートに直接投影しているため、その変化は鮮明ではないのだが実写は徐々に抽象化されていく。白抜きの人型アニメーションが実写に重なっては消える。ミニマルで追い立てられる音楽の中、これだけで物語性が浮かび上がってきても、それはヒグマの意図ではないだろう。
音楽は声明に明るい弦楽が被さるかと思うと、元に戻る。映像は、横に流れるデカルコマニーのようなモノクロCGへ変化する。そこにセピアの世界観を感じても、モノクロのCGにインクのようなグレーが混じって見えるのは、ヒグマが「光」を意識していることに他ならない。
巨大なオブジェに少しずつライトが当たる。映像はモノクロのダンスの写真を挿みながらも、揺れる緑の草々の実写映像が流れていく。当日配布されたパンフレットによると、ダンサーは紺野まり子であり、撮影場所は九十九里浜である。
音楽は、細かいリズムのパルス的電子音に変化する。オブジェが微かに揺れる。映像は空と雲のカラー実写を挿み、今度は緑地を歩いていく視点となる。それは疑似体験ではなく、「疑似体験とは何か」を問いているように感じる。
音楽は、微細な変容を続けていく。映像は歯車のペン画、加工された写真となる。崩れていく人体のデッサン的CGになると、無機質なピアノの音色が響き渡る。オブジェが赤と青のライトを浴びる。
中心に渦巻くようにエフェクトされたモノクロのダンスの写真が映し出され、崩れるデッサンのCGと入れ替わる。流れるようなピアノの旋律が会場を包み込むと共に、映像はモノクロのダンスの実写となる。
ダンスの映像がスローに流れる中、ピアノのテンポは上がり続ける。畳み掛けるような音の集成と連続する写真の如き映像に、刹那的な瞬間の連続を感じる。オブジェに橙の光が投じられる。
ダンサーが浜辺を歩むモノクロの実写が、早回しされる。ピアノの演奏が、人間が奏でることが不可能な速度に達すると音楽も映像も沈黙する。闇の中から速いテンポの電子音が立ち上がる。唸るようなダンスの実写映像は、カラーとなる。突如、舞台が転換した瞬間だ。

映像パラダイムシフトVol.43より

スモークが焚かれ、斑の照明が強く床とオブジェを照らす。映像の速度の変化が顕著となり、逆回転も行われる。しかし、映像は確実に積み立てられていく。赤い照明が場内に溢れる。
映像は中心に渦巻くようにエフェクトされたモノクロのダンスの写真を挿んで再びカラーの実写となると、音楽は、蛹が成虫へ変化するようにピアノから強いリズムの電子音へ転換する。
映像が空と雲のカラー実写、白6匹、赤青黄各1匹の9匹の原始生命体的CGと目まぐるしく変化する。原始生命体的CGは、離れては重なるといった、有機的な動きを見せる。再び斑の照明が強くなり、ミニマルな音楽の速度が増していく。
まるで計ったかのように二人はピタリと止まり、45分の公演は終了する。アフタートークで二人は十年前まではよく一緒にやっていたこと、平石はヒグマと競演する際のみ、決して打ち合わせをせず、即興で行っていることを語った。
ヒグマは実際のダンサーでは不可能な早送り、スロー、巻き戻しといった動き=メタモルフォーズを今回、行いたかったと話した。確かにヒグマの投影したダンスの映像は昆虫が卵から幼虫、蛹、成虫といった変態に匹敵すると解釈する事ができるのだが、漣、草、原始生命体的CGといった様々な要素を挿入することによって、昆虫の一生という変態ではなく、オリジナルが存在しない、常に変化を遂げている映像の世界を指し示しているように感じてならない。
それは微細に変化する平石の音楽にも言うことが出来るのであろう。平石は従来のミニマルミュージックのような反復とフェーズによる折り重なりを重視せず、気が付くと音が積み上げられ塊となりがらも過去を遡る「地層」のような状態を創り込む。それはまるで未来から逆算した音楽が「現在」に参り込んできたような、不思議な感覚を聴く者に与えるのである。ここにもまた原型の存在を確認することができず、変容する創造の力を見せ付けてくれるのだ。
映像を初めて見るように、音楽を初めて聴くように経験すること。この醍醐味を今回の公演から教わった。

照明:早川誠司
撮影:坂田洋一