ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.44

Visual Paradigm shif Vol.44 of Haruo Higum

赤いラインを引いていく

2012年10月31日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:西村リサ&上野憲治

映像パラダイムシフトVol.44より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

開場時から、舞台中央で西村リサが上野憲治にメイクアップを施していく。会場に入って右側が舞台であり、左側は雛壇の客席となる。舞台左奥のコーナーに幅180cm程度の紗幕を天井から床一杯に張り、後方壁面と左壁面に映像を投影している。
パンフレットによると、後方壁面の映像は1987年にヒグマ自身が撮影した《異ジャンル間プロセス展》会場(福島県文化センター)の二つのパフォーマンス映像である。左壁面の映像は、舞台後方上部に備えられたカメラからのライブ映像である。
左壁面には二人の影が投じられ、実体、影、ライブ映像といった単純な構成であっても複雑な場面を形成している。西村によって褐色に塗られていく上半裸の上野は、後方壁面に映し出される大野一雄と重なり、隣り合う壁面はダブルスクリーンのように重層的な役割を果たしている。
西村は平筆で、上野の肩から腹部に掛けて灰色に塗っていく。後方壁面の映像は大野一雄からモニターを四台使用したパフォーマンスの記録へ移り変わる。このパフォーマンスの際に使用されたと思われる破壊的な電子音が、この日の会場に響き渡る。
過去と現在という時間と、福島と明大前という場所が全く関係しない二つの実体と記録のパフォーマンスが同居する。広告は総てを虚像と化し、芸術は総てを事実とする性質を持つため、このパフォーマンスは総てが現実として作用する。
ヒグマは客席右側前方に位置する。時間は刻々と過ぎ、開場と開演の時間もまた、曖昧となる。西村は上野の背中に、赤いラインを引いていく。西村の所作に「塗る」「描く」「垂らし込む」という絵画の発想は存在しない。あくまでメイクアップを施し続ける。
後方壁面と音楽が休符し、上野が右手を翳していく。西村は左壁面の前で、椅子に座っている。メイクアップは終わった様子だ。背中を客席に向けている上野は膝を軽く曲げたまま、体をうねらせていく。無音から疾風が渦巻くような音が響き渡り、電子音が重なっていく。
斑の照明が床を打ち、赤い光が折り重なっていく。上野は両手を掲げて揺らぐ。後方壁面にはCGを写真化した抽象的な図像がスライドショーとして投影される。唸るような電子音の速度の増加に、上野の動きは応えていく。
化粧は元来、イニシエーションの場で用いられてきた。生活をハレの場へ転換すること。上野はシャーマニスティックな動きを見せていく。上部からの照明が強くなる。後方壁面のスライドショーには、吉本義人のオブジェ、海、波の実写も加わり、休符する。
後方壁面に、認識できないズームする実写映像が投影される。左壁面のライブは続いている。西村は座り続けている。西村が上野に注ぐ視線とライブ映像をとらえるカメラの視線は、似て非なるものでありながらも同一のイメージを形成する。

映像パラダイムシフトVol.44より

上野は握った拳を頭上に挙げ、情感を露呈しながら会場の空気と溶け合う。後方壁面の映像が休符し、斑と青のライトが床に投じられる。靄のようなCGがスライドされ、その色彩はハレーションを引き起こす。
割れんばかりの大音量のノイズが会場に響き渡る。赤と青のライトが強く上野を照らす。後方壁面の映像とノイズが休符する。上野は左掌を振り、両手を水平にし、両掌を上に向ける。
後方壁面に、認識できない引きの実写映像が投影される。嵐のようなノイズ音が木霊する中、上野は上半身を前に低く構えながら両手を構えている。後方壁面の映像とノイズが休符する。
後方壁面には沸き立つようなCGと波の実写が重なり合い、モノクロームの世界を生み出す。上野は左手を掲げ、体を捩っていく。照明が潰え、プロジェクターが閉じられる角度に基づいて上野は舞台奥へ消えていく。時間が計れない公演は、20時20分、終了した。
アフタートークにおいて、出演者が発言する。今回のコンセプトは、ヒグマに渡されたサンマロの流木の写真に端を発した。上野は写真が持つ普遍な世界観に対してピノキオをイメージしたが、本作には用いなかったと言う。
西村は動くことへの魅力を追求した。灰色は泥を水で溶いたものであり、乾き、剥れる工程を目撃したかったと言う。ヒグマは映像、実体、イメージの何処も見せないように構成したと話す。
動作を一過性に留まらせずに普遍性を目指した上野、メイクアップをし続けるのではなく朽ち果てる先を求めた西村、ヴィジョンの自滅を模索したヒグマと、個々の目論みは重層し、共感し、裏切り、打ち消しあい、増加するといった、複合的な要素を提示した。
重要なのは、芸術は個々の虚構と思われるイメージを現実と化すのだからこそ、消滅したり隠蔽したり放棄したりすることが可能となる点にある。そこには絶対的な生産力、生きる力が携えられている。この底知れない力をどのように発揮し、過去でも未来でもない次の次元へ導いていくのかが、根本的な問題として連続していくのだ。

照明:早川誠司
撮影:坂田洋一