見る者のイメージを振幅させる
2013年11月13日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト: おどるなつこ (タップダンサー/パフォーマー/振付家)
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
床一面に新聞紙が敷き詰められ、天井左側から床にかけて幅2m程の紗幕が垂れている。紗幕裏、右奥、中央に杉のタップ台が設けられ、新聞紙で包まれている何かが様々な場所に無数配置されている。客席右前に、二台のプロジェクターが用意されている。
持続的電子音が鳴り、公演は始まる。ヒグマは後方壁面に、通常のカメラでとらえた会場のカラーライブ映像を投影する。なつこは左奥の床下から出てくる。右奥から左手前にかけて、矢印のようなライトが床に投じられる。
なつこは四足で床を這う。紗幕にもライトが当たる。なつこは低い姿勢で立ち上がり、背を伸ばすと程よく影が映像に映りこむ。屈み、爪先で新聞紙を引っ掻き、音を発生させる。床の後方に設置されたライトが点灯し、逆光の世界と化す。
なつこは踵を床に打ち付ける。爪先で床を滑り、タップが始まる。正面の荒いライブ映像と実体の差異が、見る者のイメージを振幅させる。左の紗幕には、赤外線カメラがとらえるモノクロのライブ映像が投影される。
ヒグマはカラー映像を開閉する。それに伴いなつこの影が消滅と発生を繰り返すので、なつこに映像が浴びせられていることが強調される。「目標」「水溜り」「あふれる思い」などの新聞の見出しの切り抜きと、緩やかに町を移動する視線の映像が二重に投じられる。
紗幕を通り越した映像が黒い壁面をも通過し、遥か先にまで続いていくような印象を受ける。後方壁面に投影される町を移動する映像は、時間と場所が剥奪されている。なつこのタップは強くなり、右手は自らの胸を叩く。
短い言葉の新聞の見出しの切抜きが、綿々と続く。なつこは両掌を臍の上に組み、緩やかなタップに転換し、右奥のタップ台で続ける。するとなつこが拡大されるので、赤外線カメラは右奥タップ台奥に仕掛けられていることが理解できる。
ヒグマは後方壁面に投じられている映像を閉じる。なつこはタップ台を降りて移動し、紗幕の前で佇む。ヒグマが再び後方壁面に向けられている映像を開くと、カラーライブ映像に戻る。なつこは後方壁面の映像に入り込み、速度を上げて弧を描く。
「曲」といえるタップを「演奏」する。二つのライブ映像、なつこ、なつこの影が交差する。素早い旋回を繰り返し、再び逆光に照らされる中、なつこは紗幕の裏を通過する。微細な電子音が聴こえる。
後方壁面にはトンネルを通過する車内からの視線の映像と、「闘った」「綴った」などの新聞の見出しの切抜きが二重に投影される。なつこは中央の木片のタップ台で優しいタップを行う。柔らかい音が会場を支配する。
ヒグマは映像を逆回しにすると、録音された音もまた逆戻りしているように聴こえる。なつこは床に身を投げ出し、紗幕の裏にあるタップ台で硬く、強く、細かく緩急をつけたタップを演奏する。
その様子を赤いライトが照らす。語るようなタップは細かく変化していく。なつこは口笛を吹き、タップに旋律を与えていく。ヒグマは、後方壁面の映像をライブに切り替える。シューベルトのアヴェ・マリアが流れても、なつこは引き裂くようなタップを続ける。
なつこは台から降りて中央へ移動し、その場で回って新聞紙を両足首に巻き込んでいく。新聞に包まれているのは風船だった。なつこは次々と風船を出しては、割る。後方壁面に、道路を走る車からの視線の映像が流れる。
なつこは10個ほどの風船を割り終えると、倒れる。アヴェ・マリアが終る。無音の中、なつこは新聞紙を抱えて立ち上がり、膝を上下しながら後退する。後方壁面の映像は、高速で移動する車内からとらえた風景と、新聞の見出しの切抜きが重なる映像に変化する。
なつこが、公演開始時に戻っていくように見える。床に膝を付き、右手で新聞紙を回す。ヒグマは後方壁面の映像を閉じる。パッヘルベルのカノンが鳴り響き、なつこは蜜柑を取り出し、皮を剥く。
後方壁面に、移動する車内から森を見る視線の映像が投影される。なつこは剥きながら木片でタップを行う。カノンが終ると照明が落ち、約一時間の公演が終了する。
アフタートークで、なつこは情報が詰まっている新聞紙を使いたかった、ヒグマはそれに対して見出しを用意し、リアルタイムで映像を生み出したと語った。
なつこのタップは強弱を多用する打楽器的要素よりも、フォルテピアノのように繊細なタッチを携えている。それと同時に、彫刻のように空間を掘り出し、失われてしまう一過性の音楽と言うよりも目に残る造形物を生み出しているようにも感じる。
ヒグマは最近撮影した映像を用いたと明かしたが、とても車内から国内の風景を録音したとは思えない未知感があった。映像とはその人の視線である。同じものを同じ角度で見ても、意識の持ち様で全く異なる思想が生まれる。
その様な二人が生み出した空間と時間は、かけがえのない存在として瞬時に存在し続けるのだ。
照明:早川誠司
撮影:坂田洋一