ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.6

Visual Paradigm shif Vol.6 of Haruo Higum

「うかんでいたような」空気をけずる

2008年11月18日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
solo・ヒグマ春夫

映像パラダイムシフトVol.6より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

会場の中央に幅150cmほどの紗幕が4枚、天井から床にかけて正方形に垂れ下がっている。そのうちの3面に向けて、プロジェクターが向けられている。紗幕の向かい合う2面には床からの高さ150cm程に小型カメラが設置され、内側にはデジカメ、セレクタ、ライトと、機材やコードが幾つも散在している。青いライトが天井から垂直に紗幕中央を照らすと暗転し、公演が始まる。
ヒグマは闇の中、携帯電話を用いそれぞれの紗幕の前でSelf Portraitを撮影する。唸るような電子音が静かに聴こえてくる。
2つのプロジェクターが稼動し、スローモーションの漣の動画が紗幕に映る。ヒグマは紗幕で囲まれた空間に身を置き、しゃがみ、内側から映像を見詰め、ライトを灯し、立ち上がり、胸に引き寄せ、上部を見詰め、時間をかけて四方に向きを代える。
紗幕上部にはオレンジ、青、緑、白の光が当たり、斑点のようになっている。
一面を向きながら両手でライトを頭上に掲げ、左手を離してゆっくりと下ろしていく。漣の動画にヒグマの横顔の写真とテロップが重なる。「この鋭さ うすさ この輝き まわしてみる ころがしてみる…」。このテロップは当日配布されたパンフレットの裏にも印刷されている。
ヒグマは一面の映像を、紗幕内の動画に切り替える。デジカメにライトを近づけ、ずらして自らの顔を映し、ライトを遠ざけ顔に陰影を創り上げる。
上体を屈めたまま、膝を伸ばしていく。両手を脇に広げ、上体もまた少しずつ起していく。ライトの光を落とし、セレクタを操作し、紗幕の一面に固定された小型カメラを見詰め、再びライトによって陰影を創り上げる。
即ち、一面は漣の動画+ヒグマの写真+テロップ、一面下部は床からのヒグマの臀部、一面上部はヒグマの顔のライブである。
ヒグマは小型カメラから外れ、再びセレクタに手を伸ばし漣の動画を固定カメラに切り替える。ライトを下に置き、デジカメを覗きこみながら上体を起していく。高く掲げた左手と低く構える右手をデジカメに翳すように体ごと移動させていく。その動きは次第に速度を増し、左足を振る動作まで加えていく。
紗幕一部のライブ映像は、漣の動画に戻る。何時しかリズミックに流れていた音は、唸るような電子音に戻る。
漣の動画から写真とテロップは消え、正面から写したヒグマの写真となる。この写真は動画で、渦を巻いたり、波打ったり、刳り貫かれたり、ワイングラスのようなフォルムに変形したりと、様々な変化が生れては戻るのだ。カタカタいう電子音が聴こえてくる。ヒグマは無表情で小型カメラを覗き込む。
向かい合う紗幕は漣と変形するヒグマの写真、横の紗幕は固定カメラのライブである。
鳥の声のような音に変化する。ヒグマは再びライトを手に持ち、顔に陰影を創り出しながら小型カメラを覗き込む。コードを左手で掴み、ライトを吊り下げる。
総ての紗幕が漣とヒグマの写真になる。ヒグマはライトを消し、下の映像をデジカメのライブに切り替える。しゃがみながらデジカメを逆さに持って覗き込み、膝を伸ばして立ち上がる。
唸るような電子音に変化する。ヒグマはデジカメで紗幕に映っている静止した自己の写真をとらえ、紗幕に投影する。漣の動画は消え、ヒグマの写真のみになり、鳥の声のような音になる。
ヒグマは左手で床と機材を映し、右手でライトを持つ。デジカメはヒグマの上げた左右の足をとらえる。
唸るような電子音になると、向かい合う紗幕は手持ちのデジカメのライブ、横の紗幕は固定カメラによる後部からとらえたヒグマのライブ、即ち総てヒグマの動向を映し出す映像になる。
そして、総ての映像が漣の動画に切り替わる。ヒグマはデジカメとライトを床に置く。中央で佇み、四方を見上げる。音と照明が潰え、上部の照明が堕ちて52分の公演は終了する。

映像パラダイムシフトVol.6より

今回の公演のポイントは3つある。一つは、実体のヒグマがここにはいないかったことである。Self portraitの撮影、写真の動画化、顔のUPを主としたライブ映像など、ヒグマが大量に登場するが、それはヒグマであってヒグマでない。「ヒグマの映像」なのである。
自身の実体のパフォーマンスのために撮影したではなく、映像のためにヒグマは動作したのだった。二つ目は、この「動作」にある。
ヒグマは公演後、「自分の中で巧くなっていてマズイなあ」と語っていたが、ヒグマのいう「行為的な体」とは、美術から派生したパフォーマンスのことでも、映像のための素材でもない。映像であることが体であるということになるのではないだろうか。それは紗幕を正方形に設置し、正面性を排除した点でも伺える。そして最後に、そのための手段として、撮影カメラの数を増やしたことである。
デジカメ、小型カメラ2台、漣の動画、テロップ、変形する写真と多様なイメージが擦れ、ぶつかり、炸裂する。これをライブでコントロールすることに、ヒグマの公演の独自性があるのではないだろうか。

照明:坂本明浩
撮影:川上直行