ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.60 my portfolio


映像に身を投じる

2014年6月25日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:尾身美苗(ダンサー)
映像:ヒグマ春夫
照明:早川誠司
撮影:坂田洋一

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報告:宮田徹也

(日本近代美術思想史研究)
開場時から後方壁面一杯に、尾身の写真、街の風景、波の実写などが複雑に絡み合い、青くエフェクトされた映像が投じられている。舞台左にはエフェクター、右にはパーカッションと閉じられた透明のビニール傘が置かれている。天井からは開かれた透明のビニール傘が柄を上にして床から2メートル以上の場所にぶら下がっている。5秒に一度、天井から傘の中に水滴が零れる。ヒグマは客席右奥に位置する。叙情的な曲が薄らと流れている。
映像が閉じられ、暗転することにより開演する。尾身が点滅するライトを心臓の部分に翳し、扉から入り闇の中を歩む。片方の足首についているであろう鈴が動く度に鳴る。不定形なサウンドがスピーカから流れる。生々しい写真が後方壁面に投影される。それが何であるのか、接写過ぎて認識することが出来ない。写真はCGに入れ替わる。CGは拡大され、闇の中の緑と橙の矩形を掴むとミクロの世界へ溶解し、左右に揺らめく。
尾身は床から立ち上がり、映像に身を投じる。右手足で体を支え、左手を上に伸ばす。右足を小刻みに震わせ、音を発生させる。立ち上がり、両掌を水平に翳して腰を深く回していく。水面、若しくは溶けていく氷のようなイメージのCGが流れていく。尾身は後方から前へ駆け出し、戻る行為を繰り返す。エキゾチックな音楽が尾身のダンスの儀式的要素を煽る。舞台に隈なく光が満ち、尾身は旋廻を繰り返す。その影が鋭く映像に落ちる。
尾身は背を向けて首を擡げ、顔をこちらに向けて微細なダンスを続ける。反復する音は、鋭い電撃のような短波となる。CGは揺らぎ続ける。尾身は膝を着いても同じ姿勢で揺れる。そして、床に大きく展開する。音楽がフェードアウトし、ヒグマは映像を閉じる。立ち上がった尾身は肩と首を交互に左右へ振り分ける。爪先でステップを踏み、体を大きく捌いていく。尾身は右手にパーカッションを持ち、引き摺り、揺すり、音を発生させる。
ヒグマは尾身のダンスを赤外線カメラで撮影し、ライブ映像を後方壁面に投影する。尾身はパーカッションを持ったまま立ち上がり、揺らして音の発生を続ける。ヒグマのカメラには角度がついているので、フィードバックする画面に尾身が多角的に存在する。ヒグマは更に左右天地の角度に変化を与える。中央に立つ尾身の影が画面に変化を与える。ヒグマはカメラで天井の傘を捉え、更に客席に入る尾身の姿を追う。
尾身はパーカッションをプロジェクターの足元に置き、空間を掻い潜って床に膝を落とす。立ち上がり、垂直を意識したダンスを見せる。角度を付けた映像は、フィードバックにより万華鏡のような渦を巻く。尾身は床の傘を拾って開き、旋廻をしながら傘自身も廻し、開いては閉じる動作を反復する。ヒグマは執拗にその様子をカメラで捉え、天空を逆転させて視覚の想像力を破壊する。
尾身が傘を置き、スピーカからの音楽が止むと、水滴が傘に落ちる音が心地よく響き渡る。尾身は手を叩くことを動機とした小刻みな身のこなしを続ける。これは水滴の音と同調していることを表している。ヒグマが映像を閉じると、尾身はエフェクターの前に座る。マイクを通じて歌いディレイによって反復する声に、更に声を重ねる。尾身がスクリーミングするとヒグマはプロジェクターを開け、有機的な静止画を投影する。
それは尾身と同様、次第に沸き立つような動きを見せる。尾身はマイクを持ったまま中央で揺らぎ続ける。有機的な白いCGに赤が混ざっていく。尾身のダンスとCGは、柔らかい海月か固い骨を想起させる。ビロードのようにしなやかでありながらも、鞭のようにしなりをあげる。CGが沸き立つように変化すると、尾身は映像の前で体のフォルムを瓦解させていく。CGの沸き立つ速度が増す。尾身は床に腰をつけ、両手足を漂わせる。
尾身は顎を引き上げ、背を僅かに反る。有機的映像は続く。尾身は再びマイクを持ち、叫び声をあげると加工された音が轟く。ヒグマが一度閉じたプロジェクターを再び開けると、尾身の写真と波の実写が交錯する。尾身は蹲り動かなくなる。映像はキッドで踊る尾身の動画になる。実体の尾身は床で自らを辿る。立ち上がり、二人の尾身は、長い間舞い続ける。スピーカから反復音が聴こえる。
映像は開場時の尾身の写真、波の実写の複合へと回帰する。尾身は舞台右奥へ身を消す。映像と音のみが残される。波打ち際の実写をバックに、揺れる傘が投影された小窓の映像が幾重にも重なり、プロジェクターが閉じられると63分の公演は終了する。アフタートークで音は全て尾身が用意したことが明かされる。
尾身は踊る緊張を緩和に変容させている。この弛緩こそ尾身独自の世界観があり、ダンスの未来が託されている。更に尾身は光と音を発生させることによって、ダンスの可能性を広げた。ヒグマによる傘と水滴という最小限のインスタレーションが、ヒグマ自身の映像と尾身のダンスの可能性を引き出した。

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