ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.64

Visual Paradigm shif Vol.64 of Haruo Higum

玉の映像は消えては投じられる

2014年12月18日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:四戸由香(ダンス)

映像パラダイムシフトVol.64より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

舞台中央には透明な鉢に赤ワインが揺らぎ、上部から1秒以内に一滴、水滴が零れている。直系2m程の円形の白い紙シートが周りを取り囲む。鉢の上部、天井との間の高さに直径30cm程の銀の球体が位置する。舞台左に机と椅子、机の上にはワイングラスと化粧品が置かれている。縦90×横120cm程の板が卓上から壁に立て掛けられている。
闇の中、四戸が舞台右奥の階段を昇り、二階でスポットに照らされると公演が始まる。不安定な電子音が木霊し、四戸は縁に座って下を見る。板に波の実写と日輪のようなCGが二重写しされる。四戸は立ち上がり、二階の手摺りに腹をつけて下を覗き込み、手を前に伸ばす。四戸は床に腰掛け靴を履くと音が止まり、二階で四戸は立ち上がっていく。
自然音を加工した小さな音が反復すると、四戸はホールに降りてくる。四戸は舞台前方、左側、後方中央と位置を変えながらも佇む。板の映像は止み、銀の球体に、連なる銀の玉のような実写が投影される。橙のライトが床を薄らと照らす。四戸は右隅に座り込む。玉の映像が止まると四戸は立ち上がり、左右の脚を振る。脚の移動がダンスとなっていく。
ダンスは腕、指先に至るが、四戸は椅子に座り日常的動作に戻ってしまう。反復音がフェードアウトし、四戸は机に右肘を立て、手の甲は右頬を支える。四戸は靴を脱ぐが姿勢を保つ。スピーカーから録音された水滴音が鳴り、実体の水滴音と視覚に差異が生じる。板には、四戸が大袈裟な表情を浮べるカラー実写の反復が投影される。
四戸は卓上のワインを飲んで立ち上がり、板の前でこちらに背を向け座る。ワイングラスを左手で持って立ち上がり、中のワインを鉢の中へ注ぐ。四戸はワイングラスを机に置き、立ったまま髪を解く。玉の映像は消えては投じられる。四戸はピアスを取り、椅子の背凭れに左耳をのせる。後頭部を乗せ、体を伸ばす。
四戸は右掌で顔を覆い隠し、掌を離すと指先を見詰める。椅子の背凭れを抱き留め、鉢を見詰める。立ち上がり、椅子を客席前方まで移動し、客に背を向けて座る。ふと立ち上がり、卓上のワインボトルを持って鉢に注ぐ。残りを口呑みする。ボトルを卓上に戻し、化粧を始める。化粧している録画映像が板に写る。
四戸は化粧をしているのではなく、化粧を落としているのだった。四戸は舞台右に隠れる。吊り下げられている玉に橙の照明が当たり、暗転する。板には四戸が踊る映像がコマ送りに投じられる。玉には当初の映像が投影される。板に映し出されるダンスは身支度をしているようにも見える。ヒグマは録画をライブでコントロールしている。
四戸が寝巻きを着て舞台右から出てくると、板の映像は止まる。代わりに後方壁面には8つの矩形が投じられ、中には加工されたCGが蠢いている。道路を走るバイクや車のような音が流れる。四戸は卓上の化粧品を掴み、右の床へ落とす。矩形の映像は波と四戸の二重写しからCGへ戻る。四戸が床に座り右手を掲げると雑踏音は止まる。
四戸は床を転がり、立ち上がって前方の椅子の背凭れを持って引き摺る。後方に座り、鉢を見詰める。立ち上がり、シートと机の間の僅かな空間で素早く、垂直に舞う。脚を回し、床に腰をつける振付を繰り返す。四戸は笑い、床を転がり、立ち上がって右側へ移動し、化粧品を蹴飛ばし、口紅一本を拾って右手に持って口に塗る。

映像パラダイムシフトVol.64より

後方壁面の矩形の内、右中の一つのみがライブ映像となる。右手首で口紅を拭い、素早い垂直のダンスを行う。四戸は立ったまま笑う。矩形内のCG映像は、寒系から暖系に変わる。《オーバー・ザ・レインボー》とホワイトノイズが重なる。四戸は水滴に掌を翳す。後方壁面の映像は五つの長方形となり、ドローイング的なCGが固定される。
四戸は右足を鉢に入れ外し、両手を鉢に入れてワインを掬い、顔を拭う。ズボンを捲り、素早く水平の踊りを舞う。音はノイズのみとなる。後方壁面は8つの矩形に戻り、赤いイメージからモノクロの世界へ変容する。四戸は白いシートの上で緩急を織り交ぜたダンスを続ける。暗転し、50分の公演は終了する。
アフタートークで四戸はおばあちゃんの口紅がテーマであり、ここ数年、割りと着飾って出かけていた私は自分と向き合っておらず、ダンスを疎かにしていたことを舞台に乗せたかったと語った。自分を裏切っていた自分を受け入れることが願いでもあった。
ヒグマは、玉のCGがアンモナイトの動きを加工したものであることを明かす。ヒマラヤの山頂にアンモナイトの化石があるのは、地のプレートが動いているためである。絶えず動くプレートを球体の上に表した。口紅とアンモナイトは過去のものとしてかけ離れていないとした。
ヒグマは四戸の言う自己と向き合う姿勢に対して、自分もまだ出来ていないし若い人はチャンスが少ないのではと危惧する。ダンスやコンセプトを四戸に任せ、四戸が面白かったのであればそれでいいと言う。情景の描写ではなく四戸の質が顕わとなった公演であった。

照明:早川誠司
撮影:坂田洋一