ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.65

Visual Paradigm shif Vol.65 of Haruo Higum

玉の映像は消えては投じられる

2015年1月18日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:桜井陽/Yo Sakurai(ダンス)ミレヤ・サンパー/Mireya Samoer(インスタレーション)

映像パラダイムシフトVol.65より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

高さ360×幅120cm程の作品10枚が、舞台中央を取り囲む。正確に言えば7枚が外円で3枚が内円である。一枚一枚は恐らく和紙に墨のドットを描いた作品である。終演後近づいてよく見たが、蝋かワックスで複数の絵画を貼り合わせている場合もある。円状に展示=インスタレーションすることによって、描かれているドットは命が吹き込まれ動き出す。
中央奥にオブジェがあり、頭上には直径20cm位の白い球体が、天井から1m程の高さから吊り下げられている。客席上部の二階にもプロジェクターが設置されている。客電そのまま公演が始まり、客用扉から入った桜井は後方壁面に隠れながらもダンスを始め、作品を掻い潜る。左掌のみを前に出して作品へ翳す。作品後ろに位置した右掌と入れ替える。
舞台上部の球体に、水平に高速移動するイメージのCGが投じられる。桜井は低い姿勢を保って舞台中央に出てくる。地鳴りのように持続する電子音が響き渡る。桜井が中央にあるオブジェの包みを捲ると、モニターが露わとなる。モニターには波打ち際のように見えるカラーCGが流れている。舞台上部はオーロラのようなCGへと変化する。
桜井は膝立ちで上を向き、肩を左右に揺する。徐々に中央に向けられた照明が強くなっていく。桜井は膝を深く折るように立ち上がり、体を前後に揺らしてリズムを形成する。桜井は体の動きの速さを次第に落とし、背骨の軸を定め交互に掲げる脚で表情を創り上げていく。ダンス、映像、インスタレーションによって、天地創造の印象が生まれる。
桜井が体を収縮させると赤いライトが投じられ、テンポの速い反復音が鳴り響く。桜井は物凄く高いダンスのメソッドを習得しているのだが、今回のその動きは、ダンスやポージング、マイムやパフォーマンスでは計り知れないほどにインスタレーションと映像に対して立ち向かい、新たな体のあり方を模索している。
桜井はインスタレーションを抜けて後方壁面に向かう。赤いライトに白が混じる。映像に変化はない。ヒグマは「状態」を形成しているのだが、それは単なる状態を保持するのではなく、「現象」という生々流転を生み出していく。それはミレヤの作品も同様である。固定されるのではなく移り変わるのがインスタレーションの原則である。
ピアノと弦のような、ミニマルな電子音が聴こえる。桜井は地を這うように移動する。舞台上部の映像は水平に高速移動するイメージのCGとなり、モニターは俯瞰的な視線の波のCGの中を変形された魚のCGが泳いでいるイメージである。桜井が中央に戻ると、インスタレーション全体に砂のような面に赤と青のラインが描かれる映像が、横から投影される。
桜井は立ち位置で、泳ぐようなダンスを緩やかに行う。モニターでは高速スライドするカラー写真から、モノクロの風景写真へと変化する。舞台上部はオーロラのようなCGである。桜井は音に合わせるように身をこなす。しかしもしかしたら桜井は、映像に合わせて舞っていたのかも知れない。インスタレーションの変化を見ていたのかも知れない。

映像パラダイムシフトVol.65より

音楽がフェードアウトする。モニターには日本の古い映像や写真がカットアップされる。桜井は体を大きく広げる。横から投影されている映像は、何時の間にか変化している気がするが、認識できない。それ程までに、インスタレーションと映像が一体化したのは、桜井の存在が大きい。桜井は大きく足を踏み出す。
横から投影されている映像は墨地に青いラインから、全面的に動く赤いラインへと変化する。再び、ピアノと弦のような電子音が反復する。後方壁面上部に投影されるオレンジの斑は、早川誠司による照明なのか、ヒグマによる映像なのか判別が不可能である。早川もまた、このコラボレーションに深く関わっている。
桜井は床に腰を掛けて掌を捲る。天地創造という叙情から幾何学的要素へと展開する。舞台上部は水平に高速移動するイメージのCGであり、モニターはカラー写真が高速スライドされる。横から投影されている映像は、墨地に青いラインとなる。後方壁面上部に再びオレンジの斑が浮かび上がる。
インスタレーションの中で踊る桜井は、横からの映像を浴びて三つを一つにしている。明るい光が舞台全体を包むので、四つが一体化しているとも言える。モニターには雲に龍が昇るような、水墨的CGが映し出される。アンビエント的な電子音が流れる。舞台上部はオーロラ的CGとなり、モニターには燃え立つ炎のようなCGが浮かびあがる。
桜井が足を踏み鳴らし、ドラマティックな旋律の曲が流れ、桜井が素早く体を沈めると、50分の公演は終了する。
四者が渦を巻き、観客を呑み込む様な公演であった。見る者は舞台上部の映像を気にしながら、モニターという極小の世界から全体を包む横からの映像と目を転じインスタレーションとダンスを認識するという、ミクロからマクロへの視線の展開を誘発したヒグマの映像に身を任せた。逆にダンスとインスタレーションから発したと、自由に解釈してもいい。

照明:早川誠司