ノイズ音に叫び声のような声が混じる
2015年7月29日(水曜日)
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:小松睦(ダンス)
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
「多数、多種、多重」…。闇の中に小松睦の呟く声が聞こえる。「多数決、…負けて、消える」。ヒグマ春夫がプロジェクターを開くと、後方壁面一杯に無数の人体がぼんやりと浮かび上がるCGの動画が投影される。小松は中央に設置された椅子の上に立ち、右手にマイクを持っている。顔にA3程度の紙が貼り付けられ、表情は明らかにされない。
CGは蠢き、色面は色によって区分されていく。画面中央左右に人間が動いているようなカラー実写が投影されるが、直ぐに色面に掻き消されていく。暖かいノイズ音が持続する。小松は椅子から降り、左膝を曲げたまま止まる。ヒグマが音のヴォリュームを落とすと、ノイズ音が二重であったことに気付く。
小松は左掌を前に翳し、素早く降ろす。ノイズ音に叫び声のような声が混じる。小松は後方壁面左側で、左腕を顔の付近の紙に乗せる。映像の無数の人体はそのまま、画面左右に波状のCGが重なっていく。波は曖昧な色面へ溶解する。小松は後方壁面左側に、膝を曲げて寄りかかる。倒れ、膝だけが浮く状態となる。
小松は立ち上がり、移動する。映像は波紋のように色面が広がり、無数の人体はそれでも自己のフォルムを支えている。泡立つように立ち上っては消えるCGと、認識できないカラー実写の映像が二重写しになっているようだ。小松は前にでて、左手を掲げて振る。小松が止まると、いつの間にか消えていた電子音が再び断続的に流れる。
小松は右に体を傾けて、直す。両手を脇に掲げる。そのまま膝立ちとなる。体を捻り、左指先を床につける。CGは灰と赤の流動的世界観である。小松は床にマイクを置き、立ち上がる。CGは赤が途絶え紫、青へと移行する。小松は後方壁面左奥で、低い姿勢で腕を広げている。電子音は持続する。
小松の左掌が右肘付近を掴み、小松はそのまま佇む。CGはコマ送りのように時間が遅延し、点滅するように空間が広がり、フィルムのような煌きを発する。小松は左手を掲げる。客席に背を向けても手は落ちない。そのまま後退し、微弱なポージングの展開を多数見せる。風が吹くような電子音が持続する。
小松は左手を背中に流し、降ろして正面を向く。立ち上るようなCGの中で、無数の人体は沈黙している。「私、小さい頃からよく考えていたのですけど、自分か無いものなのか」…。小松はマイクを通さずその場で、地声で呟き始める。同時に、電子音は止まる。CGは黒地に赤が沸き立つが、無数の人体は極限の形を保ち続ける。
CGに紫、緑、青の海が出現し、その中を無数の人体は点滅する。小松は呟きながら後方壁面中央に後ずさり、右手を掲げて「ソマル」と発音する。水が零れるような音と共に「ミスゴシテイル」と語る。紙を顔から外しその場で、両手で持つ。再び顔付近に紙を翳し、顔を隠す。波打ち際で撮影された実写と、CGが重なっている。
小松は激しく踊りながら、紙を外しては顔を隠す。映像が少しずつ閉じられても、小松は続ける。闇の中で水滴音のみが聴こえる。「嘗てこの世に…」。小松の録音された朗読が流れる。「何時、何時居て」…。録音された声がフェードアウトし、持続する電子音が流れる。ヒグマは再びプロジェクターを開き、椅子に座る小松を照らす。
黒と青の色面に、骨が時折透けて見えるような人体のCGが投影される。小松はマイクを持ち、ハミングで歌い始める。ハウリング的電子音が重なる。小松は座ったまま、左手を揺るがす。映像全体が実際である筈なのに影そのものに見えてくる。小松は椅子から滑り落ち、マイクを床に擦って音を発生させる。
小松のダンスは、まるで闇の中で蝋燭の炎が揺らめくようである。上部からの青いライトが、椅子を照らす。コマ送り的なcgは先に進んでいるのに、反復しているような印象を与える。映像がぼやけていっても、小松は踊り続ける。降り頻る雨、若しくは濁流に呑み込まれるような音が聴こえる。 小松が後方壁面に背を向けると、a3の紙が後方壁面の顔の高さに貼られていることを認識する。小松は背を反り、目を閉じた顔を客席に向ける。小松は上に向かって伸び、そのまま後退し、客席に近づいていく。映像は、幾らぼやけても崩壊することは決してない。そして小松の影すらも飲み込んでいく。小松は動きながら呟いているが、聞こえない。 小松は前に出て、激しく体を降り頻る。小松が座ると、再び録音された朗読がスピーカーから流れる。小松自身もまた、再びハミングで歌い始める。その声が残留したまま、55分の公演は終了する。 小松が語った文章が、自作か多作かは問題ではない。微弱で、朦朧とし、微かな拠り所をも必要としない存在の、確固たるあり方を示した映像とダンスは、それが音楽と言葉と等価であることを示した。そこに、この公演の存在意義が発生する。目に見える結果よりもその奥底を支える存在に、私たちは手を伸ばさなければならないのだ。
照明:早川誠司