ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.74

Visual Paradigm shif Vol.74 of Haruo Higum

イメージパズル的手法

2016年1月30日(土曜日)
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
solo・ヒグマ春夫

映像パラダイムシフトVol.74より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

舞台は通常通り、扉を入って左に雛壇の客席、右が舞台である。舞台中央に新品で蓋が折られていない段ボールが下段3枚、中段2枚、上段1枚と積み上げられている。左右にはケント紙が被さったモニターが配置され、映し出される映像にフォーカスがかかる。モニターの下には小型カメラが配置され、右は右側の、左は左側のライブ映像を捕らえている。
鼓動のように規則的な電子音と、呟きのような不規則なコラージュ音が重なる。客席前方右に位置するヒグマ春夫は手元のプロジェクターの一つ目を開けてタジマハール宮殿の形に切り取られた水面の映像を後方壁面上部に投影し、二つ目は通常の画面の形の中で複数の人型が素早く変化する色面と降り頻る雨の動画が重なる映像を後方壁面中部に投射する。
三つ目の映像は水面の実写映像が加工され、後方壁面下部に映し出される。上部、中部、下部の映像は当然段ボールにも映り込み、不確定なフォルムに変形する。モニターに映っている映像は動かないカメラの静止画像なので、不気味な雰囲気を醸し出している。監視カメラには見張る役割があるが、このカメラには今のところ何もないのだ。
上部は雨、中部は無数の人型、下部は水面が投影され、それぞれの映像が互いに影響し、個別に見るのとは全く異なる印象を与えている。開演から10分は経過したであろうか、ヒグマは立ち上がり、段ボールのオブジェの背後からA4の紙片を取り出し、オブジェの傍らで立ったまま指先で裂いていく。瓢箪ともアメーバとも見える形に切り取り、オブジェ中段左側に両面テープで貼り付ける。U字型に切り取り、中段右上に貼り付ける。
映像に大きな変化は見られない。ヒグマは人型に切り、上段中央下に貼る。オブジェとヒグマのパフォーマンスを、白と青のライトが薄らと照らす。魚型に切り、下段左側中程に貼る。左のモニターにぼんやりと、ヒグマのパフォーマンスの様子が映し出されている。上からのライトは、赤と青に変化していく。ヒグマは人型に切り、中段右側下に貼る。

映像パラダイムシフトVol.74より

ヒグマはオブジェの裏からアルミホイルを取り出し、魚の形にして下部中央に貼る。オブジェ後方下からのライトは、赤から緑となる。アルミを髭型にして中段右側上に貼る。大きなゾウリムシ型にして、縦で髭型の下に貼る。すると髭型とゾウリムシ型が合わさって茸にも見える。形の不確定さを、改めて自覚する。
オブジェ後方下からの光は、紫色に変化する。上からの赤い光は止む。ヒグマはアルミホイルを先が尖っていない三日月型にして、上段中央に貼る。満月にして脚立を用い、上段右上に貼る。大きなゾウリムシにして、上段左下に貼る。アルミホイルを貼ることによって、映像を反射したり異形にしたりという変化が訪れることはない。
ヒグマはアルミホイルを満月型にして、中段左側に貼る。尖っている三日月型にして、中段右側下に貼る。無限大(∞)型にして、下段左側左上に貼る。ヒグマは常に形作ったアルミホイルを、オブジェから食み出すように貼ることも一つの特徴である。鼓動のような規則的な電子音が止み、呟きのような不規則なコラージュ音のみとなる。
ヒグマは左側のモニターのケント紙を外し前の床に広げる。オブジェ背後から紙皿に入った六色程度のアクリル絵具を持ち込み、赤を取り出してチューブから直接ケント紙に上二本、中一本、下一本と横波を描く。その様子がカメラを通じて左側のモニターに投影される。ヒグマは黄色を取り出し赤の線を取り巻くように、同じようにチューブから直接出す。
ヒグマは緑を取り出し、波線の間を縫うように直接搾り出す。三色で描き終わると紙を半分に折り、デカルコマニーを行う。広げて立たせ、カメラを向けてモニター一杯に映す。ヒグマは右側のケント紙をモニターから外し、同じように前の床に広げる。オブジェの裏から同じように紙皿に入ったアクリル絵具を持ち込む。
ヒグマは緑を取り出し中央にS字型をモチーフに蛇行線をチューブから直接引いていく。オブジェ後方下からのライトが青となる。青を取り出し全体に点描し、黄色を取り出し上部に流線を描く。赤外線カメラが捕らえ、モニターに映し出しているので映像はモノクロである。断片的な電子音が響き渡る。ヒグマはデカルコマニーを行う。
オブジェの下に並べられた二つの抽象絵画は右が蝶、左が花に見える。斑な照明が舞台を包み込む。右の赤外線カメラは光に反応して、映像はカラーに転じる。左のカメラに変化はない。照明が堕ちていく。音も止み、無音の中でヒグマは上部、中部、下部の順にプロジェクターに蓋をしていく。モニターのスイッチを消して55分の公演が終了する。
ここから何かを見出そうとしても何も見えてこない。芸術すらも忘れた視線を突如オブジェとパフォーマンス、映像に向けると、見たことがない世界であったことを記憶の中から掘り出すことが可能となるのだ。つまり、時間が無化されたのであった。

照明:早川誠司
撮影:坂田洋一