ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.75

Visual Paradigm shif Vol.75 of Haruo Higum

海べの知覚

2016年2月29日(月曜日)
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
ゲスト:伊藤哲哉(俳優)、小松睦(ダンス)

映像パラダイムシフトVol.75より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」、『方丈記』の一節が、黒い後方壁面に白抜きの文字で投影される。不安定な電子音が流れる。伊藤哲哉が入口から舞台に入り、中央で立って暗記で『方丈記』を読み上げると、電子音は止まる。
客席前方に位置するヒグマは舞台右前から左奥に向けてプロジェクターを開き、ヒグマの居る場所足元からのライブ映像を投影する。この動線上に胴体に紙を、受皿にアルミホイルを使用した円柱のオブジェが6つ並んでいる。オブジェの高さは奥に行くほど高くなる。
左角には山のような形で白い紙が貼られ、後方壁面中央には白い防護服が人型に貼り付けられている。伊藤は袈裟を着ている。朗読を淡々と続ける。ヒグマは右角を中心に、もう一つ映像を投射する。
映像は、海岸に低い視線を向けて歩む音声入りカラー動画である。天井のライトが6つのオブジェを照らす。オブジェは寺院の柱とも蓮華にも見えてくる。池の表面に漂う蓮に建つ柱とも。映像と海の音が止まっても、伊藤は舞台を歩みながら朗読を続ける。
左の映像はライブのままである。右の映像は海に穴が開き、波に街が飲み込まれるカタストロフィー的モノクロ写真に変化する。小松睦が客席から突如舞台に登り、背を向けて舞台右側にしゃがむ。伊藤は左角に位置する。
右の映像は海岸のカラー動画に戻る。小松は立ち上がり、右掌を掲げ、後方壁面に頭部をつけて体を揺るがし、離すと客席に背を向ける。下に潜り、床で展開し、オブジェの間をさ迷う。伊藤は右側へ移動し、朗読を続ける。
右の映像は山を進む人々のモノクロ写真となる。小松は左側で立ち上がり、右側へ移動する。伊藤は常に小松と反対に位置するよう、移動しながら朗読する。右の写真は海岸で亀を写すカラー動画となる。
小松は体の横に軽く両腕を開き、海の上の映像の中で、水の中を漂うようなダンスを繰り返す。小松は倒れ、沈黙する。右の映像は海に浮かぶ家のモノクロ写真となる。伊藤は朗読しながら前から四つ目のオブジェの一つを倒す。
右のモノクロ写真は、爆破するボール型ガスタンクとなる。小松は観客に背を向けて腰で座る。右の映像は海岸のカラー動画となる。小松は立ち上がり右手を差し伸べ、前から三つ目のオブジェに顔を埋め、そのまま倒れ込む。

映像パラダイムシフトVol.75より

右の映像は、20以上の列を成した車が追突した状況を俯瞰的な視線で捉えたモノクロ写真となる。小松はオブジェの根元に手を掛け破壊する。不安定な電子音が鳴り続ける。右の写真は、津波に飲み込まれる寸前の家屋に変化する。
小松はオブジェを被ったまま床に臥す。伊藤は右手を翳しながら朗読を続ける。小松は後退し、防護服の傍らに座る。嵐のような音が聞こえてくる。僅かな沈黙を経ても、伊藤は朗読を続ける。右の映像が消える。
小松は後方壁面に貼り付けられている防護服の左手に、自らの右手を差し込む。防護服と正面から向き合う形となる。右の映像が再度、投影される。海岸のカラー録画である。魚の死体へ執拗に視線を向ける。
照明が暗くなり、青い光が薄らと床を照らす。小松は倒れる。「自ら心を養うばかり也」。朗読が沈黙する。不安定な電子音が続く。小松は前から5つ目のオブジェの後ろに隠れ、四足でオブジェを前に移動させる。「また…」、朗読は再開される。
右の映像から、白抜きの文字が投影される。「もう直ぐ5年・フラクタルラインの謎/海べ(ママ)の知覚/2016年2月24日・九十九里浜海岸で撮る」。立ち上がった小松は、両手を差し伸べる。右の映像は再び死んだ魚となる。海の音が聴こえる。
小松は別のオブジェの後方に隠れ、四足で押す。左のライブ映像を映す赤外線カメラが照明に反応し、仕切にカラーとモノクロ映像を繰り返す。上からの白い光が、舞台床を隈なく照らす。小松は左角へ逃れる。
右の映像は、瓦礫に突っ込む車やコンテナのモノクロ写真となる。左の映像がこの日はじめて、ライブからサイケデリックな色面が上部、水面のCGが下部に投影される映像に変化する。小松は腕、肩、手首、肘、腰、膝、足首をこよなく柔らかく稼動させて踊る。
朗読が停止する度に、不安定な電子音が耳に障ってくる。小松は踊り続ける。壊滅的な電子音が唸りをあげる。実際の工事現場の録音かも知れない。橙と白のライトが舞台床を照らす。小松は右側で緩やかなダンスを続ける。
「富山の山陰にて、これを記す」。伊藤の朗読は終わる。不安定な電子音が鳴る。何時しか左の映像はライブに戻っている。右の映像は海岸のカラー録画である。小松が両手を広げ、上を向くと、映像は潰え一時間の公演は終了する。
淡々と続いた朗読は左の映像同様、通常ならば主役であるにも関わらず沈黙を生み出した。もしかしたら沈黙していたのは黙示録的イメージと小松のダンスだったのかもしれない。四つの要素はコラボレーションにより、その役割を越えて反転を繰り返したのだ。

照明:早川誠司