「空間に実体と虚像が同在する」空気をけずる
2009年1月13日
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
solo・ヒグマ春夫
報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
上部からの光が斑点のように煌く。隣り合う壁に280センチ四方の白い模造紙が一枚ずつ、更にその上にB4の白い紙が水平と垂直を保ちながらも恣意的に、複数貼られている。幅90センチ、長さ400センチの和紙が垂れ、床に届いた部分は巻かれている。
床にはポストカードが8枚×2列=16枚、4枚×1列=4枚、1枚×1列、計21枚が、それぞれ黒いマットの上に、理性的に並べられている。
右の模造紙には青と白の動画、もう一枚には抽象/象徴的人物の場面が映し出される。動画は青から赤く燃え盛る。
ヒグマが右の模造紙を見詰め、佇むと等身大のヒグマの背部が左のそれに映る。即ち、右のプロジェクターと同じ位置にライブ映像をとらえるビデオカメラが設置され、その映像が左の模造紙に投影されて、同じ空間に実体と虚像が同在する仕組みだ。
右手にビデオカメラ、左手にオレンジ、赤、黒に区切られている色紙を持ったAxel Toepferが匍匐する。右の模造紙はAxelがとらえる映像のライブに切り替わる。Axelは色紙を近視的に撮影し、その映像は輪郭を失い「膜」としての効果が発生する。
ヒグマはスポンジに朱の顔料を含ませ、全身を使って縦に大きな線と半月を描く。黒の顔料を用いて画面上部に横並びで5つの点を打つと、その色は垂れて垂直線を描いていく。左の模造紙にはその様子が映し出される。二人のヒグマが同じ動きをしている。
Axelはその様子を撮影する。明確な画像ではない。ヒグマの動作から写真、色紙と焦点を移していく。
ヒグマは赤いサインペンで朱と黒の上に複数の線を描き、今度は「虚像」の模造紙にスポンジで朱の縦線を三本、「実体」の模造紙に青いサインペンで細かい線を描いていく。この行為により「実体」の模造紙に描かれない線が生まれ、「虚像」の模造紙は「虚像」ではなくなる。
Axelは1枚×1列のポストカードを撮影している。ビデオカメラに内在されているエフェクトを施し、映像自体の色を変化させる。
ヒグマは「虚像」であった模造紙に黒い顔料をスポンジごと押し付け、1本の黒い線と5本の映像である線と、1本の朱の線の上に黄色い線を重ねて描いていく。「実体」の模造紙に黄色い線、青いクレヨンで線を描く。「虚像」であった模造紙、「実体」のそれという順番で青いクレヨンで線を繰り返し描く。
Axelは8枚×2列のポストカードを映し続ける。ヒグマは「実体」の模造紙に黒い顔料がついたスポンジを16箇所、任意で押し付ける。顔料が垂れる動きが「虚像」であった模造紙に映し出される様子が面白い。若干のタイムラグがあるのだ。
ヒグマは「虚像」であった模造紙に淡く青い線を引く。Axelは「実体」の模造紙を撮影し、エフェクトを施して「実体」の模造紙に投影する。
ヒグマは筆を置き、流れる青と白の動画に映像を切り替え、再びAxelのライブ映像に戻し、「実体」の模造紙に貼られているB4の紙を剥がさずに7箇所丸める。この作業は「虚像」であった模造紙を見ずに行っている。
同じ作業を「虚像」であった模造紙上で6箇所行ない、再び流れる青と白の動画に切り替え「実体」の模造紙に貼られている和紙の裏側に身を隠す。
ヒグマは屈み、和紙を前に迫り出す。墨の匂いがする。和紙を下から巻いていく。両手が届かない地点に達しても踵を上げて更に上を目指す。Axelはその様子をとらえる。ヒグマは右手で支えた和紙をゆっくりと落とし、折って止める。Axelはヒグマからポストカードへ撮影を移行させる。
ヒグマは「虚像」であった模造紙上にある和紙の端を掴んで前に伸ばしつつ屈み、靡かせる。揺れる和紙にヒグマの顔の映像が映り、ヒグマの直ぐ傍にヒグマがいるように見える。ヒグマは和紙に映る自らの手元を見ている。
強く引っ張ると和紙を留めていたクリップの一方が外れ、捩り、ヒグマは和紙の上辺を掴み、水平にして背後に隠れる。映像と実体の和紙が繋がっているように見える。ヒグマが手に持つ和紙がスクリーンの役割を果たし、Axelが撮影する色紙のオレンジが投影される。
もう一方のクリップも外れ、ヒグマは後退し、「実体」の模造紙の前で和紙を掲げ、頭を包みながら屈んでいく。Axelはその様子をとらえ、青いエフェクトを施し投影する。
ヒグマは立ち上がり、和紙を引き裂きながら前進する。和紙を置くとAxelもカメラを置き、二人によってプロジェクターが閉じられていく。上から差し込む斑点のようなライトも潰え、65分の公演は終了する。
ヒグマはAxelと一ヶ月前に知り合ったという。ポストカードは、90年前のものでハワイのケラウェア火山のモノクロ写真に、当時の技術で着色されたものだ。元はAxelのコレクションの一つである。即ち、当時のモノクロ写真、着色された時期、ポストカードになった時期と、多大な時間を背負っていることになる。今回のイメージに合うことと、ドイツに帰国する前に急遽ゲストとして参加して戴いたとヒグマはアフタートークで話す。
Axelは実体を虚像化しながらも、実体が実体であるがゆえに虚像を実体に還元しているため、実体であることを忘れていない。ヒグマにとってイメージの具体化とは、フォルムに還元することが全てでないことが、今回になって、やっと理解したことであった。
照明:坂本明浩
撮影:川上直行