ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト

海べの知覚/映像に溶け込む身体

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトVol.82
海べの知覚/映像に溶け込む身体
出演:杉山佳乃子(ダンス)+海べのオブジェたち
日時:2016年10月24日(月)
会場:キッド・アイラック・アート・ホール
照明:早川誠司
協力:キッド・アイラック・アート・ホール

「映像パラダイムシフト」は、映像とはいったい何だろう、映像が関わるとどんなことが可能になるのだろうか、 といったようなことを追究しています。

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報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

キッド・アイラック・アート・ホールの扉を開けて正面を舞台とするので、横長の空間が形成される。後方壁面には有機的で大きな切り絵が右に一枚、左に四枚、貼られている。壁面に枝が立てかけられ、床には貝殻、プラスティックのゴミが散乱している。ヒグマ春夫は客席右前方にコントローラとプロジェクターを構えて座る。

私は10分遅れて入場した。周囲の者達によると、杉山佳乃子は床の扉から登場し、マイクに声を吹き込み、その声をヒグマが加工し音響として使用したという。機械的電子音が反復する。後方壁面左右に同じ映像が大きく投影されている。電子音と靴が歩む音が重複する中、青いワンピース姿の杉山はこれら音と拮抗するように、体を揺るがしている。

杉山は床にある枝をスカートの裾に引っ掛け、床での展開を始める。映像は無数の人影が蠢くCGとライブ映像の二重映しから、浜辺に打ち棄てられた流木の録画映像へ、素早く展開する。刻々と変容する映像に埋もれていくような杉山の、ダンスというよりも存在感、意識の変容が素晴らしい。自己の主張を淘汰し、作品へ埋没しようとしている。

杉山は、床に大きく仰向けとなる。加工された声が鳴り響く。映像は打ち棄てられた流木から無数の人影が蠢くCGへ変化する。杉山は壁に右足を掲げる。体を戻し、両手を前に構える。後方壁面左右下のライトが青い光を放つ。杉山は自らの頬を右手で叩き、その掌を壁に添える。映像はCG、実写と目まぐるしく展開する。

雷鳴が響き渡る。杉山のダンスは、何かを探っているように見える。映像はCGか実写か、判別が不可能になっていく。無数の人影が蠢くCGはピンクと緑のハレーションを起こす式面に溶けてしまうように思っても、再び元の形を取り戻す。この危うい存在感を瞬時のライブで転換するヒグマの操作=創造に今日的意義を感じる。

音が止む。杉山も同様に動作を留め、フォルムを溶解するように立ち上がる。杉山は左から右へ緩やかに移動する。体を揺すり、床を掌で撫で、拾った枝を折り、ポージングから僅かに体を横へずらし、跳躍へと展開させる。映像のCGは蕩けたような色面である。声とも語りとも定義され得ない音楽が続く。

映像は炎の海のCGとライブである。床に赤い光が投影され、映像と杉山の影が重なる。杉山は枝を拾い、床に立たせた手を軸に廻る。映像は波の実写、ライブ、影のようなCGが重なっているようだ。杉山は床に両手を広げる。線状のCGと杉山の浜辺でのパフォーマンス録画映像が重なる。杉山は体を振り解くように踊る、

機械的反復音が鳴り響く。杉山は体を震わす。爆発するイメージのモノクロCGと浜辺のパフォーマンス動画が二重投影される。音量が認知できるほどに変化する。斑のライトが床に投影され、右客席雛壇下に設置されたライトが青い光を放つ。杉山の右手が左手を掴み、両膝を床につけ上を見る。音が止まる。

杉山は右側面を下にして、右足で床に貝を擦る。靄のようなCGから無数の人影が蠢くCG、雲のようなCG、ライブ、沸き立つ泉のようなCGと変化を遂げる。無音の中、杉山は泳ぐような仕草を繰り返す。右上に設置されたライトが赤、青、緑と順々に点滅する。機械的反復音が鳴り響き、杉山はうねるようなダンスを繰り広げる。

ライブとカタストロフィー的なCGが流れる。実音ではなくスピーカーから、擦る音を加工した音が流れている。杉山は膝と肘を伸ばした四足で移動する。オレンジと黄緑のハレーションを起こす色面CGから、炎のようなCGと浜辺のパフォーマンスの二重映しへ変化する。杉山の四足歩行は持続している。

水中に沈むようなCGが流れ、赤いライトが右壁面を照らす。波の実写と影的CGと浜辺のパフォーマンスが重層的に投影される。杉山は掌、足裏、肘、胸、膝をランダムに用いて壁面を擦る。繊維のようなCGが投影され、機械的反復音が聴こえる。CGはキノコ雲のように炸裂し、右下に緑の光が投影され、杉山は客席に背を向ける。

雛壇下のライトは青、壁面上部は赤と、様々な光に舞台は包まれていく。映像、ライト、音といった順に止まり、闇の中で杉山は背を向けたまま座る。その杉山を、柔らかいライトが照らし、45分の公演は終了する。

アフタートークで、壁面のオブジェは杉山が作成したことが明かされる。キッド5Fギャラリーで連続五日間開催された「浜べの知覚」(10月12-16日)では、毎回異なるミュージシャンであったが、今回は映像&音楽:ヒグマ、ダンス:杉山、照明:早川誠司(キッドアイラックアートホール)によって結実された。

異なる分野のコラボレーションに留まることなく、それぞれが触発され、個々が持ち得なかった力の側面が引き出され、これまでに存在しなかった新たな世界の形成の予兆が為される。これ以上の喜びはあるまい。我々は常に未知の世界の模索を継続しなければならないのだ。

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杉山佳乃子/SUGIYAMA Kanoko(ダンス)
4歳でモダンダンスを始め、以来加藤みや子に師事。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科を卒業。在学中はダンス活動と平行してセノグラフィ、環境、ファッションなどの方面から空間演出を学ぶ。平面、立体、ダンス作品などを制作。現在様々なアーティストの作品に出演し修業中。

ヒグマ春夫/ HIGUMA Haruo(映像・美術)
映像が介在する表現に固執し「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト」を継続中。他にコラボ レーション企画「ACKid」、「連鎖する日常/あるいは非日常・展」がある。Art Meeting 2016- 田人の森に遊ぶ - を契機に「映像インスタレーション/海べの知覚」を思索。海べの知覚/ Perception on a fractal line:東日本大震災で海岸線は、甚大な被害を受けました。あれから 6 年の歳月が経とうとしています。今、海べで何が起きているのか? 何が起ころうとしている のか? 何が起きたのか?」をキーワードにカメラを向ける。 第5回岡本太郎記念芸術大賞展で優秀賞受賞。


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