ヒグマ春夫の映像パラダイムVol. 9

Visual-Paradigm Vol.9 of Higuma Haruo

「ゆがんだ空間」空気をけずる

2009年2月10日(火曜日) 
会場:キッドアイラックアートホール

映像パラダイムVol.9より

報告:宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

円形の縁を半月状に曲げ、馬の鞍型にした紗幕が3つ床に転がる。天井からは500年前の千葉県産牡蠣の殻が—左6、中10、右12個—計3 本の紐に、中央には地球儀が一個、黄色い布を絞った縄に、吊り下がっている。暗転し、公演が始まる。今回、音響の使用は無かった。
隣り合う壁面に地球儀の映像が映し出される。向かって左の映像は地球儀下に位置する小型カメラからのライブで、映像は砂嵐のように荒い。正面の映像は、客席と同じ視点のカメラがとらえたエフェクトなしのライブである。追って右の壁面に、6つのモニターを十字型に並べた映像が投影される。各画面で、顔、形などの具体的な写真が素早くスライドされる。
ヒグマは正面の壁に向かって佇み、動かない。正面のライブ映像の為、ヒグマが合わせ鏡のように拡がる筈だがヒグマの影がそれを遮る。
ヒグマは膝に掌を乗せ、腰を曲げ、地球儀とそれを吊るす黄色い縄を見詰める。上体を起こすと共に上部を見詰める。
ヒグマは右の紗幕を潜り、向こう側に到達すると一箇所を右手人差し指で押さえ、床につけていく。紗幕の一部が床に付くと、指を離さず慣性の法則で立ち上がっていく紗幕の動きを抑えるように押さえる。その指で紗幕を引き上げ、ヒグマは紗幕に隠れる位置になり、前に向かう。
その動きを映すプロジェクターの光が、紗幕に映りこむ。ヒグマは後退し、再び紗幕を持った指を床に近づけていく。
右の映像は、抽象的ノイズの中に実写の亀が泳ぐ動画に変化する。ヒグマは左の紗幕を持ち上げ、裏返しにする。その影が右の紗幕に映りこむが、紗幕の透過性が強いので映像を遮ることは決してない。
ヒグマは中央の紗幕に手を伸ばす。腕を大きく広げて紗幕の2点を持ち、馬の鞍型を維持する柔らかい枠をくねらせる。
紗幕に映りこむヒグマをカメラは更に捕らえ、映像として正面の壁に投影するので複雑に屈折したヒグマの顔がいくつも形成される。紗幕が地球儀に当たり、左の映像が乱れていく。
ヒグマは紗幕の上に、地球儀を転がす。大きく揺れる地球儀をヒグマは紗幕で押さえていく。右の映像は緑、若しくは赤い一本のラインが浮かぶ動画に変化する。
ヒグマは中央の紗幕を左手で持ち、左の紗幕を右手で掴む。左手でその二つの紗幕を持って、右手で右の紗幕を掴み三つをまとめて移動させる。影が多く発生し、映像が更に多様化するが、光は一つである。
ヒグマは三つの紗幕を、右の壁面の前で掲げる。ヒグマは紗幕で地球儀を不自由に揺する。右の映像には影が映りこみ、中央の映像には影と多重のヒグマ、左の映像は地球儀の影と紗幕が映し出されている。
ヒグマが紗幕から手を離すと、紗幕はその大きさと弾力によって、自ら元居た位置に納まる。ヒグマは右の映像もライブに切り替える。円錐形の広い口を二つ合わせたオブジェを取り出し、床置きの小型カメラの前で、執拗に振る。中に入っているコインが、無音の会場の中で響き渡る。
ヒグマは右の映像を、再び青い一筋の光に戻す。右手にオブジェを持ったまま左の紗幕の二辺を両手で掴み、頭上に高く掲げる。左から垂れる殻と地球儀が大きく揺れる。
何処から来たのだろうか、何時からあったのだろうか、舞台床中央から放射線状に七つの光が発生している。
ヒグマは床の小型カメラを手に持ち、黄色い縄を接写する。左の壁にその模様が映り、ヒグマの影と重なる。ヒグマはカメラを元の位置に戻し、地球儀を持ってその動きを止める。右の映像は、ぼんやりとした青いノイズに亀が浮かんでいるものに変化している。
ヒグマはゆっくりと地球儀を持ち上げ、それを振ると、中に入っている金属片が音を立てる。下の小型カメラは遠い地球儀を認識することができない。ヒグマは地球儀を縄から外し、回しながら少しずつ降ろしていく。左手で再度掲げ、両手で持って背を反り、回す。
右の映像では建物とノイズのような水面が複雑に交差する。ヒグマは地球儀を降ろし、床に転がす。小型カメラは辛うじてヒグマの顔を映すに過ぎない。ヒグマは中央の紗幕で地球儀を包んでは放つ。地球儀は小型カメラとぶつかる。
ヒグマは地球儀を包んだ紗幕を持ち上げて揺すると金属音が鳴り響く。中央の映像が効いて入る。ヒグマが無限の後方へ広がっていくようだ。ヒグマは三つの紗幕を再びまとめていく。
紗幕から手を離し、三つのプロジェクターを閉めていく。上部からの光も潰えて、一時間の公演は終了する。

映像パラダイムVol.9より

ヒグマは1月11日のパフォーマンスでの被写体の動きを今回発展させたかった、映像と人体がどのように絡むと変化が生じるのかを試したかった、とアフタートークでいう。
数億年前の隕石からみれば、500年程度の化石は近年だ。しかし隕石という物体も、長寿のシンボルとして人間が想像してきた時間と比べると、どちらが古いかという議論が必要なくなる。同様に、ヒグマがここで行なった動きはライブ映像とはいえ、0.何コンマは遅延してスクリーンに届いている。そしてこの公演を見た私達も、既に過去の存在と化しているのだ。

照明:坂本明浩
撮影:川上直行