宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
この公演は「アートかわさき2016」(11月1日(火)~27日(日)/東海道かわさき宿交流館)の一環として行われた。「アートかわさき2016」は内山翔二郎、玉川みほの(川崎大師平間寺大山門前)、薄井崇友、李容旭、中村正義の美術館(東海道かわさき宿交流館)が参加し、13日には中村正義のドキュメンタリー映画の監督を務めた近藤正典がトークを、20日には丹下一(演劇)とヒグマ春夫(映像)がイベントを、12日には川崎市立田島中学校美術部がクレヨンライブを開催した。いずれも多様な現代美術の創造性を見せてくれた。
同じメンバーが既に「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.80」(2016年8月25日(木)/キッド・アイラック・アート・ホール)で公演を行っている。しかし今回とは企画や場所が異なり、連続性も生れていない。漆黒の舞台芸術専門の空間であったキッド・アイラック・アート・ホールに比べて今回は集会所であった為、全く異なる印象が生れる。ヒグマは美術館、画廊、舞台といった設備が整った場所だけではなく、野外、公民館、スタジオなどの環境が整っていない所でもインスタレーションを行っているので、問題はない。
またヒグマは「アートかわさき」に初めから参加し東海道かわさき宿交流館4階集会室は何度も公演を行っているので、むしろ慣れた場所であろう。キッドの凝縮した場所性に対して、集会室を拡がりのある劇場に転化させるのだ。同じメンバーでも全く異なる公演になることは、公演前から理解される事項である。8月25日の公演は即興性に満ち溢れ、映像、音楽、ダンスの相互性によりボルテージが上がり、熱狂的であった。この熱情は「いま、ここ」にしか生れない現代芸術の特徴であり、再現は不可能である。
集会室のステージ左に塩高が、右にSOONが位置する。「アートかわさき2016」の各会場の展示風景録画とこの場所のライブ映像が二重映しにされ、ステージ後方壁面に目一杯投影され、公演が始まる。塩高は撥を琵琶の弦にスクラッチさせたかと思うと、静謐な旋律の演奏という交互を繰り返す。正に地を耕し、均すといった場所の生成である。セパレートの服の牧瀬がステージに入り、緩やかに袖を振る。SOONのサックスは、琵琶の旋律の間に微細な旋律を忍び込ませる。塩高はスクラッチ、SOONはトリルと、空間を振るわせていく。
映像は、群衆のモノクロ実写録画が断片的に投影される。ヒグマは赤、青、緑に点滅する照明をステージの足元に当てる。牧瀬はステージ中央で、袖を翻しながら旋廻を繰り返す。塩高は小刻みにピッキングを行い、SOONは緩急をつけたフレーズを吹く。映像は寒系のCGか、加工された写真か認識できないが、氷のような断片が散りばめられていくような印象を見る者に与えていることは確かだ。ライブ映像に切り替わり、映像の中央にCGの帯が上下する。塩高、SOONと共に、互いのバック演奏に陥ることはなく独立しつつ調和する。
牧瀬は服の右肩を外し、旋廻の速度を緩めていく。映像はマーブル地に燃え上がる炎のようなCGとライブの二重映しである。ライブがやみ、波のようなモノクロの世界観に転換する。ヒグマは紫のライトをステージ足元に当てる。牧瀬は大きく、広く沈んでいく。映像は、ソラリゼーションされたライブとモノクロ写真のスライドが二重映しされる。ライトは緑から赤、紫、青と変化していく。塩高はゆったりとしたスクラッチ、SOONは短く素早い旋律を反覆する。
開始から30分、牧瀬は一度ステージを降りる。映像は白と緑のアマルガム的CGが蠢き、青地にピンクの人型が浮かび上がるCGへ変化する。塩高がリズムを形成し、SOONは切り裂くような旋律を放つ。赤いヴェールを羽織った牧瀬がプロジェクターの光を背に、ステージへ向かう。塩高は無機質に反芻し、SOONは有機的に歌い上げる。牧瀬はヴェールを翻し、ステージに上がって横たわる。塩高とSOONの演奏は安らかになる。牧瀬は膝立ちとなり留まる。映像はライブであり、ライトは点滅している。
牧瀬は右掌を翳し、左掌を胸に当てる。太陽のようなCGがライブ映像に被さる。牧瀬はステージ後方壁面中央に移動し、佇む。爆破する印象を与えるCGが投影される。塩高とSOONの演奏は断片的になっていく。二人の音は形を失い、溶解する。突如として牧瀬は素早く旋廻し、膝立ちになるとヴェールを頭から被り、座って横たわる。映像はライブと波の実写録画と繊維状のCGが折り重なる。ライトが点滅する。映像と音が消え入る時に牧瀬が肌を晒し、55分の公演は修了する。
時空と記憶を乗り越えた、白昼夢のような公演であった。終演後、表に出ると未だ日が残っていた。夜半に燃え盛るような前回の公演と比較して、今回は裡に秘めた光が零れ落ちるような感触がした。全く対比的でありながらも、手を当てれば熱が伝わってくる点については共通する。映像、音楽、ダンスが拡散と収斂を呼吸の如く繰り返し、この運動が柔らかい熱を発生させたような印象を受けた。それは人間が集うことを目的とした、アートかわさきに相応しい内容であった。
塩高和之/SHIOTAKA Kazuyuki(琵琶奏者・作曲家)
文化としての琵琶楽を標榜し、伝統的な雅楽古典曲から薩摩琵琶の現代曲まで幅広く琵琶楽を捉え、作曲・演奏の両面に於いて国内外で活動をしている。2007年、様々な琵琶楽を「文化」という視点で紹介する琵琶樂人倶楽部を設立。100回に渡るレクチャーコンサートを行っている。 これまで、長唄の人間国宝 寶山左衛門師、能シテ方 津村禮次郎師をはじめ、数多くのアーティストと共演を重ね、高野山、厳島神社、赤間神宮等、琵琶に縁の深い地にて演奏会を多数開く。薩摩琵琶による演奏の他、樂琵琶にも積極的に取り組み、古典雅楽から現代曲迄、精力的な演奏活動を続けている。現在、楽琵琶・薩摩琵琶の両方でCDを発表し、演奏活動を続けている唯一の琵琶奏者である。 海外では、シルクロードの国々へのコンサートツアー(トルクメニスタン・ウズベキスタン・アゼルバイジャン・グルジア)の他、ストックホルム大学、ロンドンシティー大学に招かれ演奏会を開いている。国内では東京外国語大学、明治大学、甲南女子大学他で、琵琶楽を軸にした日本文化の変遷などについて公開講座を担当している。 現在までに7枚のCDを発表。世界中にネット配信されている。静岡県出身。 塩高和之オフィシャルサイトhttp://biwa-shiotaka.com/
SOON KIM(アルトサックス奏者)
1964 年生まれ。15 歳よりアルトサックスを始める。 高校卒業後、ロック・ブルース・レゲエ・ジャズバンドで活動。 23 歳の時に渡米し、ニューヨークのハーレムに居住しオーネット・コールマンのもとで ハーモロディック理論を学びハーレムのセッションを中心に活動。その後、数々のバンドを経て自己 のバンド SOON KIM QUARTET を結成。現在、オーネット・コールマン、ジャマラディーン・タク ーマ、カルビン・ウェストン, またヨーロッパのアーティストや日本のアーティストと親交を深めつつ、ニューヨーク、 ベルリン、東京でハーモロディック理論をもとにした独自のアイデアを展開しつつ活動中。 2015年ヴァーノン・リード、カルヴィン・ウェストン、アル・マクドーウェルらと結成したTower of FunkはJapan ツアーでは大好評を得、今後欧米でのツアーを予定している。そして、邦楽界の重鎮である大倉正之助プロデュースの鼓動隊とのコラボMURASAKIも好評を得ている。 SOON KIMオフィシャルサイトhttp://www.soon-kim.com/
牧瀬茜/MAKISE Akane(ダンサー)
1998年からの14年間は、踊り子として日本各地のストリップ劇場を巡った。現在はストリップ劇場の他、バーやカフェやライブハウス、お祭りなど縁のあった様々なとこるでパフォーマンスをし、芝居にも出る。その他、文章を書いたり、絵を描いたり、写真を撮ったり。音楽家や写真家、画家など、他ジャンルのアーティストとコラボレーションすることも多い。 著書に「歌舞伎町で待ってます」(メタモル出版)、「すとりっぷ人生劇場-ストリップ劇場に生きる男たち-」。 牧瀬茜オフィシャルサイトhttp://gamaguchi-akane.com/
ヒグマ春夫/HIGUMA Haruo(Artist)
'90年度文化庁派遣芸術家在外研修員。その成果発表が'09年国立新美術館で「DOMANI・明日」展として開催され映像インスタレーションと映像パフォーマンスを行う。 '02年映像を組込んだインスタレーション「DIFFERNCE」で、第5回岡本太郎記念芸術大賞展で優秀賞を受賞。'04年「水の記憶・ヒグマ春夫の映像試論」で川崎市岡本太郎美術館で個展。その後テヘラン現代美術館で「The Shining Sun」展。 '06年、'09年大地の芸術祭「越後妻有アートトリエンナーレ」 '06年からACKidを企画継続中。'08年から「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト」継続中。