ヒグマ春夫の映像インスタレーション
会期・2026年2月2日(月)~2月7日(土) 開廊・13:00-20:00
会場・K’s Gallery/中央区日本橋久松町4‐6 杉山ビル4F/TEL:03-5159-0809
ヒグマ春夫の映像インスタレーションと平面作品
-モニターとプロジェクターを使って、空間と時間を考える-
モニターとプロジェクターの本質的差異は、単なる「表示装置の違い」ではなく、モニターは、自己完結した物体としての映像であり、プロジェクターは、他者(空間・物・形態)に依存して成立する映像という存在論的な違いがあります。
モニターでは、機材そのものが映像となって視えている。映像は「物の内部」に閉じており、フレームも時間も装置が管理している。映像は世界に介入せず、世界から一歩引いた位置になっています。
一方プロジェクターの映像は、空間が作り出す環境に映し出される。映像は自律性を失う代わりに、意味生成の自由を得る。壁、床、彫刻、傷、ほこり、歪み─それらが映像の一部になっています。形態が意味を奪い、与えています。特に重要なのが壁面やそこにある物の形態によって映像そのものが意味を持つ。映像はもはや「内容」ではなく、形態に引き寄せられて意味を変質させられる存在になっていいることです。意味を「決定する」状態から、意味が立ち上がってしまう状況をつくる行為になっています。
モニターとプロジェクターを使って同時に映し出すことは、映像そのものを変質させることになります。同一の映像であっても、モニターでは「作品としての映像」になり、プロジェクターでは「環境に侵入する出来事」として、別の存在になっていて、これは複製ではなく、分裂なのです。
結果として、観る側は「これは何を映している映像なのか」ではなく、「映像とは何なのか」を問わされることになります。

映像は時間の流れの中に成立するメディアですが、その「一瞬」を切り取ってプリントすることで、時間の連続性を断ち切り、時間を“物質化”する試みです。映像という可変的な存在が静止し、「オブジェ」化して現前します。その静止した瞬間には、かつての映像の流れの記憶が内包されていて、見る者はその前後を想起すると考えています。まさに「時間の痕跡としての作品」です。


ヒグマ春夫の映像インスタレーションとコラボレーション/会場・K’s Gallery





ヒグマ春夫の映像インスタレーションとコラボレーション/会場・K’s Gallery






ヒグマ春夫の映像インスタレーションとコラボレーション/会場・K’s Gallery/撮影:桜井ただひさ



ヒグマ春夫の映像インスタレーションとコラボレーション/会場・K’s Gallery











ヒグマ春夫の映像インスタレーションとコラボレーション/会場・K’s Gallery/撮影 : 大洞博靖





