「インベンション/ミズと水」ヒグマ春夫

2005年9月3日~10月23日/ POLARIS☆The Art Stage

 ライブ・インスタレーションは、時・空間を共生、共有・共想する美術の文脈で捉えている。「インヴェンション/ミズと水」は、インスタレーションとライブ・インスタレーションの二つの可能性を試みている。    

 わたしには、「水」をテーマとした作品が幾つかある。その中には、「水」という漢字をデザイン処理し、アニメーション化したタイポグラフィー的な映像だったり、川に薄いアクリルミラーを立て、まわりの景色と水を融合させる試みだったりする。中には、丘にビデオモニターを何台も積み重ね、海や川の映像とリアルタイムの映像を同時に映しだす同時性を目的としたビデオトーテムがある。また水の映像をダンサーに投影するプロジェクションアートだったり、水の入った円形プールに天井から水滴を落とす落下水・思索といった一過性を追求した作品もある。そして、今回のように無数の水が入ったクリアカップを山のように積み重ねるレディメード的だったりする。他にもライフワーク的な水の採集があり、世界の水を採取し小さなビンに詰めている。こんな一つ一つの営為は、水と人間との営みであり、いい換えれば自然をテーマにした環境問題への提示でもある。あるいはロゴス的芸術との共生を視野にいれた自然をエロスと見立てた芸術ともいえる。  

 わたしは、インスタレーションと身体表現者がコラボレーションをすることに、新たな表現の可能性を模索している。インスタレーションは、単に身体表現者の舞台美術的存在ではなく、身体表現者とインスタレーションが等価値である表現と捉えている。そこには幾つかの理由がある。まず今回のインスタレーションを構成している要素に、水といった自然の生きた物質が組み込んでいることである。今回は、水の入ったクリアカップを使っているが、3000個近いクリアカップの中の水は生きている。人間を構成している70%~80%は水分で出来ているということも加味して考える必要がある。    

 もう一つは、今日インスタレーションは美術の分脈として捉えることが多い。空間に展示すれば、そこで作家にとっては終わりというケースである。そんなインスタレーションの捉え方ではなく、ライブ性を組み込み絶えず・・・ing・・・進行形としてインスタレーショを考えていることである。
(インヴェンション/ミズと水は2005年に制作


「インヴェンション/ミズと水」は、水の入ったクリアカップを3000個近く使っている。会場は、三方向に開かれていて能舞台を想像させる空間になっている。時間の経過とともにクリアカップに微妙な光が射し込む。風が一つ一つのクリアカップの表面を揺らしている。


奥まった空間に積まれた水の入ったクリアカップには、映像が投影されている。特徴といえるのは、映像が生きた水と共存していることである。