”Communication between spirit and soul's latent agricultural tools”
Moment of communication with agricultural tools. The moment when agricultural tools meet people in rivers, towns and mountains. The moment that dancers and agricultural tools communicate. These images are incorporated into the installation along with agricultural tools. And sometimes dancers try collaboration in that space.

農の精神と農具の魂「中之条ビエンナーレ2017」参加作品/会場・旧五反田学校/2017.9.9(sat)-10.9(mon)


「農の精神と農具の魂」
1.古農具と映像システムを使った映像インスタレーション。
2.古農具とダンサーとの映像作品。
3.映像インスタレーションと「映像・ダンス・音楽」とのコラボレーション。

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旧五反田学校の教室「映像インスタレーション」より/伊参エリア

農の精神とは、種を蒔いて待つことだと解く。時間をかけチャンスが訪れるまでじっくり待つことだと解く。状況に変化が現れたらたらじっくり観察することだと解く。そして動く。素早く動く。大きく動く。
自然界では、種をまいてすぐに育つわけではない。台風や災難があるたびにそれに対処するために様々な手入れが必要となる。人間も同じである。結果をすぐに求めてはいけない。努力し、環境の変化に柔軟に対応し、成長していくのである。

農具の魂とは、技術を磨くことだと解く。職人的な技術を磨くことだと解く。失敗を恐れず経験を積み重ねることだと解く。決して五元素を排除してはいけない。五元素には新鮮な空間を拡げる力がある。
農具は田畑にあった機能を発揮するために改良に改良を重ねて来たと思う。『受取ったハガキの言葉を引用します「私の実父は腕の良い鍛冶屋職人でした。自分の向上心の中で、農具の進化・発明を繰り返していました。」』そういった農具が現在も残っていると思われる。そういった農具にはモノを創造する根源性が見え隠れしている。映像パフォーマンスを通して、見えているところはより鮮明に、隠れているところは積極的に露わにして伝えたいと思う。

わたしが見た旧五反田学校の教室にある沢山の農具は、農業の機械化によって農業生産の現場から去った農具たちである。木や藁や葛などの自然素材でつくられた農具は造形的にも美的にも素晴らしいものである。こういった農具を機能の面からだけではなく、美術的なインスタレーションとして考えてみる。

古農具が川や街や山で人々と出会う。ダンサーと出会う。これらの出会いを映像で映し出す。撮った映像は農具と共にインスタレーションに組込む。そして時々この空間でダンサーがパフォーマンスを披露する。


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旧五反田学校の教室「映像インスタレーション」より/伊参エリア

農の現場・古農具とのコミュニケーション

農の現場には、五大(地・水・火・風・空)が存在し宇宙を心にとりこむ。
五つのエレメントは農具と人々との関係を生み出している。
大量の農具が存在する教室は五大を欲している。


旧五反田学校

旧五反田学校は、明治42年(1909年)に当時の最高技術をもって建築されたとされ、用材は五反田伊勢宮の森の木を伐採して木挽き製材し、敷地は村中の人足により造成するなど五反田村中の力を結集して建てられたものといわれています。

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旧五反田学校は、木造平屋建ての板葺き・合掌入母屋造り(現在は、亜鉛鉄板葺き)で、間口は二十八間(50.9m)、奥行き五間(9.0m)。明治時代の小学校建築でほとんど改造されないまま、差込み式の窓の鍵などが当時のまま残されています。校舎内の柱などには児童の指導のための書き込みを見られます。

旧五反田学校:群馬県吾妻郡中之条町五反田1648